軍人たちの艦隊コレクション【前半】
「……っ」
不意に目を覚ます
閉じていた瞼を薄く開き、外の光を取り込む
黒く塗りつぶされていた視界がひらけ、ぼんやりと揺らめくものに変わっていく
ゴポ ゴポ ゴポ ゴポ
揺らめく視界に目を細めながら、耳は何かを捉える
心臓が脈打つ音にまぎれて、何か水の流れるような音が聞こえてくる
(……水の音)
その音に首をかしげながらも覚醒は進む
次第にぼやけた視界の焦点が合い、辺りの光景が目に入ってきた
(ここは……?)
明らかになった自分の状態に戸惑う
何故か横倒しになった状態で水槽のようなものに入れらており、全身は水槽に満たされた水のような液体に浸かっていた
先ほどの音は水の流れる音ではなく、水に反響した自分の体の動きだったようだ
(息は?)
全身が水に浸かっていることを理解し、水中で呼吸が出来ないことを思い出す
咄嗟に息を止めようとするが、そうするまでもなく呼吸は出来ていた
視線を落とすと、口元は覆いのようなもので覆われている
どうやら、この覆いによって呼吸は保たれているようだった
「おい! ……を……ろ!」
自分の状況を確認し、辺りに目を向ける余裕が生まれてくる
水槽の向こう側へ目を凝らすと、何か白いものを身に着けた人影が確認できた
何か言っているようだが、水音にかき消され聞き取れない
「………確認! 急げ!」
その影に目を凝らすと、隣にもう1人いる様だった
先ほどの人影が何か指示を与えているが、やはり良く聞こえない
改めてその影たちが何者であるのか目を凝らして確認する
しかし、薄暗い水と曇ったガラスに阻まれ、着ている衣服が白衣だとしか分からなかった
「…………正常!」
「しかし、麻酔……が弱………す」
「………は、意識が……………!」
目の前の影たちはしきりに何かを確認し、口々に何かを言い合っていた
「吸入……、濃度……に上げろ」
「こ………覚めさ……」
だが、水の反響と自らの鼓動が邪魔をして何と言っているのか聞き取れない
(どうして、こんなところへ)
影の正体を探ることを諦めて、再び自分の状況について思考を巡らせる
しかし、いくら考えたところで何も浮かんでは来ない
ここはどこで、どうして水槽なんかに入っているのか、全く分からなかった
「しかし………では」
「構わん、やれ」
自分が覚えている限りの記憶を必死に掘り起こす
眠りに付く前に、自分はどこに居たのか
なぜ、気を失ってしまったのか
目を覚ます前の、自分の行動1つひとつを子細に思い返した
「麻酔濃度………上昇」
「数秒……意識が落……す」
船に乗っていたこと、仲間といたこと、戦争の最中だったこと、色々なことが頭を駆け巡る
そこから、自分の身に起こったことを思いだそうとしたとき
シュュュウウウウ
何かが噴き出すような音が聞こえ、異臭のする気体を吸い込む
本能的に危機を感じるが、もう遅い
視界は徐々に暗くなり、意識も遠のいていく
そして、息を止めようとした頃には、完全に気を失ってしまっていた
(ここは……?)
(病室、のように見えるが……)
コン コン コン
「失礼する」ガラガラガラ
(何だ!?)
「おっと……」
「目が覚めていたようだな」
「……っ」
「無理に動かさない方がいい」
「思っている以上に体に負担となっているはずだ」
「どういう……ことだ?」
「長い間眠っていた」
「筋力は衰えてはいないが、頭の動きに体が付いていかないのだろう」
「時間をかけて徐々に慣らしていった方が良い」
「お前は、何者だ?」
「日本人みたいだが……味方なのか」
「おっと、紹介が遅れてしまったな」
「私は帝国海軍情報局特殊情報対策室の室林大佐」
「貴官、君嶋大悟一等水兵の世話を任された者だ」
君嶋(海軍大佐が自分の世話役……)
君嶋(どういうことだ?)
室林「やはり、腑に落ちないという顔をしているな」
君嶋「……信じられません」
君嶋「一介の兵卒に大佐殿が世話役になるなど」
室林「確かに君にしてみればおかしな話だろう」
室林「だが、貴官にはそれほどの価値がある」
室林「私はともかく、海軍本部はそう考えている」
君嶋「それは……どういう」
室林「単刀直入に言おう」
室林「我々海軍は、君の体を利用させてもらった」
室林「新たな敵に対抗するためにな」
君嶋「敵……アメリカですか?」
室林「いや、そうではない」
室林「米国はすでに東太平洋上での戦闘能力を殆ど失っている」
室林「虎の子の第7艦隊を喪失してな」
君嶋「アメリカが!?」
君嶋「日本がやったのでありますか!」
室林「いいや、我が国も同じだ」
室林「全艦艇の8割を喪失し、聯合艦隊も壊滅した」
君嶋「そんな……まさか!」
君嶋「信じられない」
室林「ヤツらが現れたのだ」
室林「軍艦、商船、輸送船……洋上に浮かぶ全てを攻撃し、海の底へと沈める」
室林「深海より現れる怪物が」
君嶋「……深海の怪物」
君嶋「そんなもの、聞いたこともない」
君嶋「あったとしても質の悪い噂です」
君嶋「自分が眠っている間にそんなことがあったなんて信じられません」
室林「君の立場にしてみれば、その反応もやむを得ないものだろう」
室林「だが、これは歴然たる事実だ」
室林「現実に米第七艦隊と聯合艦隊は壊滅し、世界の海は寸断された」
室林「数十年前に突如として現れた深海棲艦によって」
君嶋「何を言っておられるのですか?」
君嶋「私はそんな怪物の話なんて知りません」
君嶋「まさか、眠っている間に何十年も経ったとでもおっしゃるのですか?」
室林「ああ、その通りだ」
室林「貴官が気を失ってから何十年もの月日が流れている」
室林「その証拠に……」ピッ
『……本日の天気は、晴れ時々くもり』
君嶋「な、なんだ……これは」
室林「テレビだ」
室林「古いブラウン管だが」
室林「君とっては初めて目にする物だろう」
君嶋「しかし……」
室林「なら、これならどうだ?」
室林「今日付の新聞だ」
室林「ロビーから取ってきたもので、下手な細工はしていない」
君嶋(これは……)
君嶋(日付が未来になっている)
君嶋(だが、そんな……そんなはずは)
室林「納得してもらえたどうかは分からないが」
室林「そのうち嫌でも現実を知ることになるだろう」
室林「それよりも、君に確認しなければならないことがある」
君嶋「……何でしょうか?」
室林「先ほど、深海棲艦など知らないと言っていたが」
室林「それは本当か?」
室林「君の記録からして、接触していなければおかしいのだが」
君嶋「いえ、私は怪物なんて」
君嶋「最後の記憶に……」
室林「どうした? 何か思い出しか」
君嶋「ま、まさか……あれが怪物だと言うのか」
君嶋「でも、だとしたら辻褄は合う」
君嶋「それじゃあ、あいつ等は……!」
室林「落ち着くんだ」
室林「ここで取り乱しても何も始まらない」
室林「ゆっくりで構わないから、何があったか話してみてくれ」
君嶋「……申し訳ありません」
君嶋「自分は嘘を付いていたようです」
室林「嘘? それは」
君嶋「自分は、確かに会ったことがあります」
君嶋「その深海の怪物……深海棲艦というものに」
室林「話してはくれないか?」
室林「話によっては、君の身に起こったことが分かるかもしれない」
君嶋「ええ、構いません」
君嶋「海兵団を修了して……」
君嶋「何度目かの任務に就いた時の事です」
・「艦隊これくしょん」の設定を流用したオリジナル
・一部に地の文表記アリ
・Wikiも編集する予定
・基本的に女子の出番はないので注意
<洋上 駆逐艦 甲板>
『開戦から暫く、連合国が反攻を強め始めた頃』
『自分は支那の東の洋上に居ました』
『任務は南方への物資輸送でした』
ザッ ザッ ザッ ザッ
君嶋「はぁ……」
君嶋(もう十分キレイだろうに)
君嶋(これ以上やっても何も変わらないぞ)
「貴様ッ! 何をサボっている!!」
君嶋(げっ、不味い)
「はっ! 申し訳ありません」
「謝って済むと思ったか!」
「根性が足らん! その場になおれ」
君嶋(俺じゃなかったみたいだな)
君嶋(あれは……下山田の奴か)
君嶋(あいつ、またあの兵曹に目を付けられたな)
兵曹「オラッ!」ブンッ
パシンッ
下山田「……っ!」
君嶋(相変わらず容赦がないな)
君嶋(兵曹殿も兵曹殿だが……下山田も下山田だ)
君嶋(あんなに開けっ広げにサボらなくてもいいものを)
兵曹「おい! 感謝はどうした」
下山田「あ、ありがとうごさいました!」
兵曹「気持ちがこもっとらん!」
兵曹「もう一度だ!」ブンッ
『そう言って、上官が同期の下山田を殴ろうとしたとき』
『大きな爆発音とともに、自分の乗っている船が大きく揺れました』
君嶋「!?」
君嶋(なっ、なんだ?)
兵曹「な、何が起こった?」
下山田「いやぁ……自分に聞かれましても」
兵曹「貴様に聞いているのではない!」
カン カン カン カン カン
「本艦に被弾アリ!」
「敵艦の砲撃と思われる!」
「総員、直ちに戦闘配備に付け!!」
君嶋(……来たか!)
兵曹「とにかく、今回のところはこれで勘弁してやる」
兵曹「今すぐ戦闘配置につくのだ!」
下山田「はい! 了解しました」
下山田「行くぞ、君嶋」
君嶋「ああ、分かってる!」
『こうして、自分にとって初めてでは無い実戦が始まりました』
『しかし、今にしてみれば……もう少し疑うべきだったのです』
『甲板に居たのに、敵の艦影はおろか哨戒機も発見できなかったことを』
<駆逐艦 弾薬庫>
君嶋「君嶋一等水兵、ただいま戻りました!」
下山田「同じく下山田、戻りました!」
兵長「遅い! 何をやっていた」
下山田「いや、すみません」
下山田「兵曹殿に捕まっておりまして……」
兵長「また、兵曹殿の気を損ねたのか」
兵長「いい加減にしないと背中の皮が剥がれてしまうぞ」
君嶋「そんなことより、兵長」
君嶋「我々にご指示を」
兵長「分かっている」
兵長「君嶋はここで弾薬の積み込み、下山田は移動の邪魔になる輸送物資の投棄」
兵長「やることは訓練通り、後はその場の指示に従え」
兵長「以上、いいな?」
君嶋&下山田「「了解しました!」」
『自分に与えられた任務は、砲塔への弾薬の積み込みでした』
『弾薬室にこもって砲弾を昇降機まで運ぶ』
『誘爆や浸水さえなければ安全な場所で、そこに居たから生き延びられたのかも知れません』
『戦闘開始から1時間』
『艦内のいたる所から被弾の知らせが届くにも関わらず』
『未だに敵発見の報告すら受けていませんでした』
君嶋「兵長! これはどうなってるのですか?」
君嶋「さっきから黙って攻撃を受けてるだけで」
君嶋「どうして反撃しないのです!?」
兵長「そんな事を私に聞かれても困る」
兵長「だが、敵の艦影すら見つからないのだ」
兵長「闇雲に砲撃をして、弾を無駄にするわけにはいかない」
君嶋「ですが、このままではやられてしまいます!」
君嶋「艦橋からの連絡は無いのですか?」
君嶋「あそこからなら敵の姿を見つけられるはずです」
兵長「それが合ったら、もっとマシなことを言っている!」
兵長「何度も連絡をしているが、応答がまるでないのだ」
君嶋「そんな……」
君嶋(艦橋がやられた?)
君嶋(だったら、下山田は……)
兵長「しかし、そんなことを言っても始まらん」
兵長「私も信じたくないが……」
君嶋「クソッ……」
ダダダッ
兵長「待て! 何処へ……」
『弾薬庫から飛び出した直後、背後から爆発音がしました』
『それは言うまでもなく敵の砲撃による爆発で……』
『船体を貫いた砲弾が、兵長もろとも弾薬庫を破壊した音でした』
<駆逐艦 舷梯>
『爆風で吹き飛ばされながらも軽い裂傷程度で済みました』
『所々に流血はありましたが、痛いという記憶はありません』
『それよりも、同期の……甲板で物資の投棄を命じられた下山田の方が気になっていました』
君嶋「クソっ……兵長」
君嶋「一体、どうなってるんだよ」
『気が付けば、甲板にいるはずの友人のもとへと歩き出していました』
『敵の砲撃が飛び交う甲板へ出るなんて自殺行為ですが』
『そんなことを考えている余裕などありませんでした』
君嶋(……下山田、お前は)
君嶋(お前は大丈夫だよな)
カン カン カン
『ふらつきながらも舷梯を伝って甲板を目指しました』
『出口から差す光が視界を真っ白にしますが、構わずに外へと出ます』
『しばらく目を細めて、辺りの明るさに目を慣らすと』
『一面に広がる……地獄のような光景が飛び込んできました』
<駆逐艦 甲板>
君嶋「な、なんだよ! これ」
君嶋「どうなってんだよ!?」
『砲身がひしゃげた主砲、ガラスの割れ目から炎がチラつく艦橋』
『つい1時間前に綺麗にしたはずの甲板は赤黒く変色し』
『人だったかも良く分からないモノが……そこらじゅうに、転がっていました』
君嶋「お、おい! 下山田!!」
君嶋「どこだ!? 返事をしろ」
君嶋「下山田ッ!」
『甲板で親友の名前を叫び続けました』
『ほとんど絶望的でも、もしかしたら無事かもしれない』
『そんな些細な望みにかけて叫び続けました』
『しかし、そんな自分が見つけたのは……』
君嶋「何処だ! 何処に……」ザクッ
君嶋「これ……」
君嶋「……なんだ、これ」
『木端微塵になったあいつの体と……その頭、でした』
君嶋「し、下山田……」
君嶋「……うっ、おぇぇ」
『バラバラになった友人を見て、堪らずおう吐しました』
『それまで感じてこなかった不安と恐怖が一気に押し寄せてきたんです』
君嶋「うっ……ぐっ」
『そのままおう吐を繰り返し、目の前が吐瀉物で一杯になった頃』
『遂に胃の中の物が無くなって、胃液も出てこなくなってきます』
『すると、さっきまで自分を包み込んでいた恐怖感や不安感が嘘のように消え失せ』
君嶋「何故、どうして」
君嶋「どうして……どうしてこんな」
『その代わりに、抑え込まれていた敵への憎悪が湧きあがってきました』
『こんなことをした奴は何が何でも許さない、と心の奥底から思いました』
君嶋「一体、何処のどいつだよ」
君嶋「どいつがこんなことを……!」
ザバッ
『そうして敵への憎悪を確信した時、海面に何かが移動するのが見えました』
君嶋「そこか? そこにいるのか!」
『反射的にそいつがやったんだと理解して』
『近くにあった銃座へと飛び乗りました』
君嶋「皆の仇だッ!」
『そして、そのまま引き金へと指を掛けると』
『狙いも定めずに機銃の引き金を引きました』
君嶋「死ねェぇええ!!」
ズダダダダダダダダダ
『正直、ここからは良く覚えていません』
『ただ……自分の挑発に乗ってか』
『アイツもこっちに向かって来たのを覚えています』
君嶋「喰らえぇぇぇッ!」
ズダダダダダダダダダ
『それでも構わずに引き金を引き続けました』
『もう自分でも何が何だか覚えていません』
『残されている最後の記憶は、人ではないの悲鳴と何か生温かいものを被った感触だけです』
室林「そうか……」
室林「話してくれてありがとう」
君嶋「今の話で、何か分かりましたか?」
室林「ああ、ひとつ思い当たる節がある」
室林「私も専門でないから詳しいことは言えないが、最後に君が浴びた物」
室林「それはおそらく、深海棲艦の体液だろう」
君嶋「体液……ですか」
室林「技本の研究員が言っていた」
室林「君が年を取ることなく眠っていたのは深海棲艦の細胞の影響だと」
室林「何かしらの理由で未知の細胞と接触、融合し、それと適合するために君の体細胞が活動を休止した」
室林「一種のコールドスリープのような状態に陥っていたと」
君嶋「コールド……?」
室林「まぁ、とにかく」
室林「数十年後の未来に来てしまったということだけ分かれば良いさ」
君嶋「そう……ですか」
室林「どうした? 何か腑に落ちなかったか」
君嶋「いえ、今の話に関しては問題ありません」
君嶋「詳しくは分かりませんが、そういうことにしておきます」
君嶋「ただ……ひとつ疑問があります」
君嶋「大佐の話が本当なら、その怪物によって内地は大きな被害を受けているはず」
君嶋「ですが、先ほどの新聞にはそれらしい記事は載っていませんでした」
君嶋「これはどういうことでしょう?」
室林「それなら話は単純だ」
室林「奴らは洋上の物を無差別に攻撃するが、陸上の物にはあまり関心を示さない」
室林「初めて現れた時も帝国海軍を壊滅させこそしたが、陸には上がってこなかった」
室林「つまり、陸に居る限り脅威は少ないという訳だ」
君嶋「しかし……それでは逃げているだけではありませんか」
君嶋「そのまま後手に回ってばかりでは」
君嶋「それこそ、鉄も油も無くなって」
君嶋「奴らの言いなりになるだけだ」
室林「無論、そんなことは我々も分かっている」
室林「だからこそ、海軍は新たな兵器を開発した」
室林「永い眠りに就いていた君の生体情報を利用して」
君嶋「自分の情報を……?」
室林「君には謝らなければならないと思っている」
室林「しかし、そうするしか方法がなかったのだ」
室林「あの怪物に対応するには、奴らの細胞を取り込んだ君の体を使うしかなかった」
室林「軍を代表して私から謝罪する」
室林「本当に……申し訳なかった」
君嶋「顔を上げてください、大佐殿」
君嶋「あなたが頭を下げることはありません」
君嶋「海軍に志願した時から、この身は国に捧げました」
君嶋「自分の力で国を守ることが出来るなら、本望です」
室林「……流石は帝国軍人と言ったところか」
室林「その心意気、他の士官たちにも見せてやりたいところだ」
君嶋「滅相もありません」
君嶋「故郷を出てから、お国のために捧げた体です」
室林「そう言って貰えると、こちらとしても気が軽い」
室林「それで、君の処遇なんだが……」
室林「君はどうしたい?」
君嶋「もちろん、軍務を全うしたいであります」
君嶋「あれから数十年の月日が流れたとはいえ、軍役を終了していません」
君嶋「このままでは帝国軍人の名折れです」
室林「そうか……それが貴官の希望か」
君嶋「何か、不都合でしたか?」
室林「いや、君が軍に復帰する分には問題ない」
室林「というより、その方が楽だ」
室林「もし軍籍を抜けると言うならば、私は君を説得せねばならなかったからな」
君嶋「では、何を渋っておられるのですか」
君嶋「復帰に問題がないなら、何も気にすることはないではありませんか」
室林「いや……そういう訳にも行かない」
室林「先ほど言った通り、君が眠りについてから数十年」
室林「海軍内部で大規模な制度改革や体質改善が行われた」
室林「その結果……いま現在、帝国海軍の軍役についている艦艇で」
室林「作戦行動に従事している艦……ほぼゼロだ」
君嶋(作戦行動に参加している艦がゼロ……)
君嶋(まさか、すべて沈められてしまったとでもいうのか?)
室林「一応、訂正しておくが……」
室林「稼働艦艇がゼロというのは、君が思っているのは違う」
室林「先ほど話した新兵器が原因なのだ」
君嶋「しかし、新兵器と言えども船の上で使うものでしょう?」
君嶋「それとも……航空機のように空襲用の兵器なのでしょうか」
室林「残念ながら、どちらでもない」
室林「それは艦艇を利用せずに、高火力の武装を装備、運用でき」
室林「非常に小型かつ、俊敏な深海棲艦に対応できるスピードを兼ね備えた」
室林「次世代型の生体兵器なのだ」
君嶋「……生体兵器?」
君嶋「馬や犬などを戦闘に利用するのは陸軍がやっていましたが」
君嶋「それがどうして海軍に……」
室林「この生体兵器の素体は人間だ」
室林「素体となる人間に、君から得た敵の生体組織」
室林「それを培養したものを組み込むことで」
室林「砲撃の爆炎に耐えることができ、水上を滑らかに移動することも可能とした」
室林「まさに、深海棲艦の天敵と呼べるものを作り出すことが出来た」
君嶋「凄い……そのようなものが」
君嶋「それがあれば深海の怪物などひとたまりもない」
室林「いや、そう上手くも行かない」
室林「敵も黙ってやられているだけではない」
室林「アレを導入してから、新しい個体が次々と発見され」
室林「遂には、陸上まで活動範囲を延ばす個体まで現れ始めた」
君嶋「そんな奴らが陸上に……」
君嶋「大丈夫なのですか?」
室林「大丈夫だ、彼女らは良くやっている」
室林「そうなる前に海上で撃退してくれるだろう」
君嶋「しかし……その新兵器と自分の処遇に何の関係が?」
君嶋「稼働している艦艇がゼロでも、軍に従事している軍人はいるはずです」
君嶋「自分もそこで働けばいいだけの話では」
室林「それは、また……」
室林「説明が必要だな」
君嶋「説明?」
室林「ああ、さっきも言った通り」
室林「海軍内部で大きな制度改革があったのだ」
君嶋「ですが……それは新兵器を使うための制度づくりでは?」
室林「確かに、その内容も含んではいるが……」
室林「主題におかれたのは、実質的な予備役と化してしまう現役軍人の処理だ」
君嶋「現役が予備役?」
君嶋「それはどういった……」
室林「新兵器はその特性上、素体となった人間1人単位で運用される」
室林「つまり、巨大な船が役立たずになった深海棲艦との戦いは」
室林「君の知っている戦艦同士の艦隊戦より遥かに少ない人数で行われる」
室林「それに加えて、新兵器の素体となるには適性が必要でな」
室林「現職の軍人にはその条件を満たすことが出来なかった」
室林「したがって、現代ではほぼ全ての軍人が後方勤務を余儀なくされる」
室林「だから……」
君嶋「あぶれた現役軍人をどうにかしようとした?」
室林「まぁ、そういうことになる」
室林「そして……海軍としての決定はこうなった」
室林「敵深海棲艦に対し有効な攻撃手段を持つ者及び、それを統括する者のみを各拠点に配備し」
室林「これを新たな帝国海軍の核とする」
室林「他方、その基準に満たない士官、兵卒はそれを補佐するものとするとして」
室林「帝国守備防衛隊海軍部を新設する、と」
君嶋「つまり……自分のような一般の兵卒は帝国海軍ですらないと?」
室林「いや、組織の上では防衛隊も帝国海軍だ」
室林「軍令部に隷属する一部署という扱いではあるがな」
室林「それと……君については少々扱いが複雑だ」
君嶋「と、言いますと?」
室林「君は次世代兵器開発のために利用された検体」
室林「謂わば、実験に使われたモルモットのようなものなのだ」
室林「このことは軍の最高機密であり、世間に出回れば帝国海軍の威信は失墜する」
室林「そのため、私たちとしては君を手の届かない場所へはやりたくない」
室林「だが、君は元一般水兵だ」
室林「各拠点で司令官の任に就くのは肌に合わないだろう」
室林「そこで、帝国海軍に籍を置いたまま、出向という形で防衛隊に所属する」
室林「そうすれば我々は君を手放さず、君も馴染みやすい場所で軍務を全うできる」
室林「これが、今考えている君の処遇だが……」
室林「どうだろうか?」
君嶋「それは……命令ですか?」
室林「いや、命令ではない」
室林「ただ……海軍部の総意はそういうことになっている」
室林「今すぐに決断できないというなら、それでいい」
室林「また後で答えを聞こう」
君嶋「いえ、その条件で構いません」
君嶋「自分は望んで海軍へ志願した身であります」
君嶋「今更、軍を離れるという選択肢はありません」
室林「そうか……それは良かった」
室林「今はゆっくりと静養してくれ」
室林「後日、正式な辞令と必要な物を送る」
君嶋「ハッ、承知しました!」
室林「では、失礼する」
ガラガラガラガラ
君嶋(目が覚めたら見知らぬ未来へにいる)
君嶋(こんなことが……自分の身に降りかかるとはな)
君嶋(空想小説もいいところだが、あれこれ考えても仕方ない)
君嶋(……なるようになるしかないか)
<横須賀 車両乗降場>
君嶋「ここが、横須賀か……」
君嶋(海兵団も横須賀鎮守府だったが、随分と様変わりしているな)
君嶋(まぁ、眠っている間に相当な時が流れてしまったんだ)
君嶋(当然と言えば当然か)
君嶋(しかし、それはいいとしても……)
カン カン カン カン カン
ガタンゴトン ガタンゴトン
君嶋「……迎えが来ないな」
君嶋(約束の時間はとうに過ぎているし)
君嶋(まさか、場所でも間違えたか?)
プー プップー
君嶋「ん? なんだ」
君嶋(車がこっちに向かって……)
キュルキュルキュル
キィィィィイイイッ
君嶋「なっ、うわっ!」
キィィイッ ガタン
君嶋「……と、止まった」
バタンッ タッタッタッ
「あー……大丈夫ですか?」
「ケガとかしてません?」
君嶋「あ、ああ……大丈夫だ」
君嶋「それより、その車……」
「ああ、大丈夫ですよ」
「見た目オンボロですけど」
「これでも軍用車なんで、これぐらいじゃ壊れません」
君嶋「いや、そういうことではなくて」
「それより、その恰好」
「君嶋特務少尉ですか?」
君嶋「一応……そういうことになる」
君嶋(しかし、今更ながら……特務少尉とはな)
君嶋(室林大佐は建前の問題だとは言っていたが、大出世も良いところだ)
君嶋(両親が居れば、赤飯でも炊いて大騒ぎしているな)
「いやぁ、遅れて申し訳ないっす」
「コイツのエンジンの調子が悪くって」
「なかなか動いてくれないんですもん」
君嶋「……買い替えたりはしないのか?」
君嶋「今の時代、車だってそれほど高価なものではないんだろ」
「それが出来たら良いんですけど」
「軍の予算がこっちまで回ってこないんで」
「ウチは万年、火の車なんすよ」
君嶋「それは……大変だな」
君嶋(いつの時代も、金策は重要か)
君嶋(こういうところは変わらないんだな)
「ああっと、申し遅れましたね」
「自分は日下部雄一等水兵であります」
「この度は、少尉殿のお世話することになりました」
君嶋「君嶋大悟だ、よろしく」
君嶋(この浮ついた感じ……下山田を思い出すな)
日下部「じゃあ、好きなとこ乗ってください」
日下部「コイツで基地まで案内しますよ」
君嶋「えっ?」
日下部「なに、呆けた顔してるんですか」
日下部「こんなとこで突っ立ってても、日が暮れるだけですよ」
君嶋「それは分かってるが……」
君嶋「これに乗るのか?」
日下部「何か問題でもありますか?」
君嶋「…」
君嶋(さっきの運転を見せられて、問題が無い方がおかしい)
君嶋(こんなところで死にたくないぞ)
日下部「ささっ、出発しましょう」
日下部「工場長も待ってるっすから」
君嶋(……腹をくくるしかないようだな)
君嶋(大丈夫、俺はあの戦いを生き残ったんだ)
君嶋(この程度で死ぬはずないさ)
日下部「あと、ベルトはちゃんと締めて下さいね」
日下部「色々と厳しくなってるんで」
日下部「気を抜くと直ぐに切符を切られちゃうんす」
君嶋(それはお前に原因があるんじゃ……)
日下部「じゃ、早速行きましょう」
君嶋(大丈夫……なのか?)
<防衛隊基地 正門>
キィィイイイッ ガタン
日下部「よし、無事到着」
日下部「君嶋少……大丈夫っすか?」
君嶋「あ……ああ」
君嶋(これは……大シケの海よりだいぶ酷い)
君嶋(こいつの車には、出来るだけ乗らないようにしよう)
バタン
バタンッ
日下部「じゃあ、自分は車を戻し……!」
日下部「ああっ!?」
シュゥゥウウウッ
君嶋「……どうした」
日下部「いやー……やっちまったっす」
日下部「また技術部の連中にどやされる」
「日下部……またやらかしたのか?」
日下部「その声は、野田!」
日下部「丁度いいところに来てくれた」
日下部「この車を……」
野田「無茶苦茶言うなよ、こっちにそんなスキルはない」
野田「大人しく技術部の連中に直してもらえ」
君嶋(日下部の知り合いか?)
君嶋(階級章は上等水兵を示しているな)
君嶋(多分、アイツの同期か何かだろう)
日下部「そんな、殺生な……」
日下部「俺がどんな扱い受けてるか知ってるだろ」
野田「それは、お前が悪い」
野田「アイツらが丹精込めて作った機械を速攻でぶっ壊すんだ」
野田「目の敵にされても文句は言えないだろ」
君嶋(アイツ……機械音痴だったのか)
君嶋(それでよく海軍に入ろうと思ったな)
野田「それに、こんなところで何してるんだ」
野田「新海軍からやってくるお偉いさんを迎えに行ったんじゃなかったのか?」
君嶋「それなら……」
君嶋「たった今、送り届けてもらったところだ」
野田「あなたが?」
君嶋「君嶋大悟特務少尉だ」
君嶋「今日からここに赴任することになった」
君嶋「よろしく頼む」
野田「……野田公彦上等水兵です」
野田「日下部には車の修理に行かせるんで」
野田「ここからは、自分が案内を務めます」
君嶋「なら、ここの責任者に挨拶がしたい」
君嶋「そこまで案内してくれ」
野田「自分の後に着いて来てください」
野田「荷物の方は、そいつに部屋まで運ばせるんで大丈夫です」
君嶋「了解した」
君嶋「日下部一等水兵、あとは頼んだぞ」
日下部「はい、任せてください!」
野田「では少尉、こちらです」
<防衛隊基地 工場長執務室>
野田「失礼します、工場長」
野田「今日付で赴任した、君嶋少尉をお連れしました」
「ん? 日下部一等水兵はどうした」
野田「また車をダメにしたんで」
野田「技術部の方に直しに行かせています」
「またか……アイツを迎えに遣ったのは失敗だったか?」
野田「まぁ、肝心の少尉殿はここに居るので」
野田「失敗までは行かなかったと思いますよ」
「ああ、ソイツがそうか」
君嶋「君嶋特務少尉であります!」
君嶋「本日より、こちらでの勤務となりました」
君嶋「ご指導のほど、何卒よろしくお願いいたします」
「この基地の管理を任さている五十嵐中佐だ」
「よろしく頼む」
君嶋「はい! こちらこそ」
五十嵐「後は俺の方で担当する」
五十嵐「お前は職務に戻れ」
野田「了解しました、失礼します」
ガチャッ バタンッ
五十嵐「…」
君嶋(これがここの責任者)
君嶋(だが、工場長というのは聞き違いか?)
君嶋(まさか……本当に工場へ送られたわけではないよな)
五十嵐「……君嶋特務少尉」
君嶋「はい! 何でしょう」
五十嵐「そんなところで畏まってても疲れるだろ」
五十嵐「そこらの椅子にでもに座っててくれ」
君嶋「いえ、中佐殿を差し置いて自分が座るわけには行きません」
五十嵐「しかし、立ちっぱなしは辛いだろ」
君嶋「これぐらい、自分は何ともないであります」
五十嵐「だが……」
君嶋「お心遣い感謝します」
君嶋「しかし、軍人たる者」
君嶋「上官の前で休むなどは言語道断であります」
五十嵐「……筋金入りだな」
五十嵐「ウチの連中とも新海軍のエリートとも気色が違う」
五十嵐「室林の話も、口から出たでまかせって訳じゃなさそうだ」
君嶋「室林大佐?」
君嶋「大佐殿の事を知っておられるのですか」
五十嵐「まぁ……そういう話はゆっくり話そう」
五十嵐「そんなに堅苦しくしても、肩がこるだけだろ」
君嶋「しかし、それでは……」
五十嵐「全く、強情な奴だな」
五十嵐「こういうことはしたくなかったが、仕方ない」
五十嵐「上官命令だ、そこの椅子に座れ」
君嶋「なっ、何を?」
五十嵐「命令に逆らうと?」
君嶋「……了解しました」
五十嵐「よし、この方が俺もやり易い」
五十嵐「それで、君嶋少尉」
五十嵐「……紅茶は好きか?」
君嶋「紅茶……ですか」
五十嵐「ああ、そうだ」
五十嵐「好みがあるなら言ってくれ」
君嶋「いえ、そんなものは特に……」
君嶋(あるわけないぞ)
君嶋(そんな高級品、目にしたことすらないのだから)
五十嵐「なら、丁度良かった」
五十嵐「ちょうど試作品の特製ブレンドがあるんだ」
五十嵐「一杯飲んでみてくれ」
君嶋「ですが、中佐殿……」
五十嵐「気にしなくていいぞ」
五十嵐「ウチの連中はどうにも、不気味だとか何とか言って」
五十嵐「俺の紅茶に手を付けようとしないからな」
五十嵐「久々に他人へふるまう機会がやって来て、嬉しいぐらいなんだ」
君嶋「それは……大変ですね」
五十嵐「しかし、話の分かる人間で良かった」
五十嵐「すぐに持って来てやる」
君嶋「いえ、それなら自分が」
君嶋「中佐殿はそこで……」
五十嵐「いいから気にするな」
五十嵐「俺が自分で淹れなきゃ意味がないんだ」
五十嵐「黙ってそこで待っていろ」
君嶋「わ、分かりました」
君嶋「ここでお待ちしております」
五十嵐「1分ほど時間をくれ」
五十嵐「湯は沸いてるから、後は茶葉を用意するだけなんだ」
君嶋「…」
君嶋(仮にも一拠点の長が、部下に茶を淹れて良いのか?)
君嶋(いや、むしろ……この方が今は一般的なのか?)
君嶋(今更ながら、とんでもない時代に来てしまったのかも知れない)
五十嵐「ほら、俺の特製ブレンドだ」
五十嵐「存分に味わってくれ」
君嶋「はい……頂きます」グイッ
君嶋「ん? これは……」
五十嵐「どうだ? 感想は」
君嶋「……うまい」
君嶋「紅茶は良く分かりませんが」
君嶋「これは美味いです」
五十嵐「そうか、美味いか……」
五十嵐「いやぁ……ウチの連中は誘いにすらのってこないからな」
五十嵐「分かる人間が来てくれて良かった」
君嶋「自分はそんな大仰な者ではありません」
君嶋「率直な感想を述べたまでです」
五十嵐「そう謙遜するな」
五十嵐「俺のブレンドが不味いみたいだろ」
君嶋「それは……失礼しました」
五十嵐「で、そろそろ本題に戻るか」
五十嵐「色々と聞きたいことがあるんだろ?」
君嶋「ええ、大いにあります」
君嶋「まずは室林大佐について」
君嶋「大佐からは、大佐本人のことも含めて素性は明かさないように釘を刺されましたが」
君嶋「どうしてあの人の名前を知っているのですか?」
五十嵐「一から話すと長くなるが……」
五十嵐「平たく言えば、奴は同じ海軍兵学校の同期なんだ」
五十嵐「その腐れ縁で奴からお前の話を聞いていたってことだ」
五十嵐「まぁ、新海軍の中枢に食らいつくエリートと、窓際旧海軍の一長官が裏で繋がってるなんて」
五十嵐「普通は思いつかないけどな」
君嶋「その……中佐殿」
君嶋「新海軍と旧海軍というのは?」
五十嵐「ん? 室林の奴から話を聞いてないのか」
君嶋「ええ、軍内部で制度改革があったのは聞きましたが」
君嶋「詳しい事情は直接見た方が早いと」
五十嵐「アイツ……説明役を俺に丸投げしたな」
君嶋「何か、おかしなことでも言ってしまいましたか?」
五十嵐「いいや……何でもない」
五十嵐「それより、新海軍と旧海軍についてだったな」
五十嵐「確かに初めて聞くと分かり辛いかもしれないが」
五十嵐「言ってしまえばただの俗称だ」
五十嵐「帝国海軍本体の方を新海軍、守備防衛隊の方を旧海軍という具合ににな」
君嶋「しかし、新と旧が逆では?」
君嶋「守備防衛隊の方が後に出来たなら」
君嶋「そちらの方に『新』と付けるのが普通ではないのでしょうか」
五十嵐「それは……まぁ、色々と事情があってだな」
五十嵐「さっき、制度改革の話を聞いたと言ったが」
五十嵐「どこまで知っている?」
君嶋「どこまで、と聞かれると難しいものがありますが……」
君嶋「理解している範囲で答えるなら」
君嶋「新兵器への適性がない軍人に対処するために防衛隊を新設したと」
五十嵐「だったら話が早い」
五十嵐「今、適性がない軍人がどうこうと言ったが……そいつは嘘だ」
五十嵐「俺達みたいな普通の軍人には適性なんて欠片もない」
五十嵐「適性アリとされたのは、軍にも入隊してないようなのだった」
五十嵐「だからこそ、深海棲艦に対抗しようとした海軍は内部改革を余儀なくされた」
五十嵐「その結果として、名前は元のままだが中身がまっさらな帝国海軍と」
五十嵐「組織は新しいが中身は殆ど変らない防衛隊が生まれた」
五十嵐「そういう訳で帝国海軍が新海軍、防衛隊が旧海軍と呼ばれているんだ」
君嶋「つまり……帝国防衛隊こそが正統な帝国海軍の後継組織であると?」
五十嵐「まぁ、組織の変遷史としてはそうなってくるな」
君嶋(しかし……どうにも引っかかる)
君嶋(中佐殿の話が本当なら、ここは正統な軍の拠点になるはずだが)
君嶋(ざっと見た印象では常駐している軍人の数が異様に少ないように思える)
君嶋(それに、工場とか工場長とかいう単語が飛び交っている)
君嶋(これではまるで、工場で働く工員ではないか)
五十嵐「……なんだ?」
五十嵐「納得がいかないことでもあったか」
君嶋「いえ、少し気になっていることがありまして」
君嶋「先ほどから、工場とか工場長とかいう言葉が出ているのですが」
君嶋「その意味は……?」
五十嵐「そんな風に聞くってことは……」
五十嵐「室林からは聞いてないのか」
君嶋「はい、何も」
君嶋「受け取ったのは、横須賀に赴任せよという辞令だけです」
五十嵐「はぁ……全く」
五十嵐「アイツもとんだ面倒事を押し付けてくれたな」
五十嵐「この状況を一から説明しろと言われても難しいものがあるが」
五十嵐「取りあえず、まずは……」
コン コン コン
「失礼します」
五十嵐「……来客みたいだな」
五十嵐「出てもいいか?」
君嶋「お気になさらず」
君嶋「聞かれて困るお話なら、席を外します」
五十嵐「そんな重要な話は来ないと思うが……」
五十嵐「いいぞ、入ってこい」
ガチャリ
日下部「どうも、失礼します」
五十嵐「お、日下部一等か」
五十嵐「こっちまで来てどうしたんだ?」
五十嵐「また車を壊して、技術部にこってり絞られてるって話だが」
日下部「……勘弁してくださいよ」
日下部「親の仇かってぐらい睨まれた後に、散々どやされたんですから」
日下部「しばらく軍用車には触らせてもらえそうにないっす」
五十嵐「まぁ、その方が安全だろう」
五十嵐「お前を車に乗らせると、スクラップになって返ってきそうだしな」
日下部「そこまで酷くないですよ」
日下部「緩んだねじが2、3本抜けるだけで」
日下部「形まで変わることはないっす」
君嶋(そういう問題ではないと思うが……)
五十嵐「ま、その話は置いておいてだ」
五十嵐「一体何の要件だ?」
日下部「ああっと、少尉に伝えたいことがあって来ました」
君嶋「ん? 自分にか」
日下部「はい、そうです」
日下部「今日は工場を見てもらうと思うんですけど」
日下部「今さっき、遠征から帰ってきた艦隊の装備品が届きまして」
日下部「工場全体が殺気立ってて、作業区画への立ち入りは控えてくれって話です」
君嶋「……それなら仕方ないが」
君嶋「一体、どうしてそんな状況に?」
五十嵐「この基地には新海軍で使用した武装のリサイクル設備があるんだ」
五十嵐「最近は弾薬を補充して使う武器より、マガジン組み込み式の武装の方が主流らしくてな」
五十嵐「使い終えた武装はこっちで回収して新しく作り直すんだ」
君嶋「使い終えた武装を作り直すとは」
君嶋「まるで、ここが工場みたいな言い方ですが」
日下部「工場みたいも、何も……ここは工場ですよ」
日下部「新海軍の艦隊が使った武器を作り直したり」
日下部「あっちがいつでも使える汎用装備を製造したり」
日下部「とにかく、向こうの艦隊が万全な状態で動けるようにする」
日下部「それが自分たちの仕事っすよ」
君嶋「本気で言っているのか?」
君嶋「自分が工員だと言ってるようなものだぞ」
日下部「いや、自分もれっきとした軍人ですよ」
日下部「工場の仕事とは別にはちゃんと訓練もしてします」
日下部「たまの演習には、護衛艦にだって乗り込みますからね」
君嶋「いや……演習でなくても」
君嶋「船は乗る機会はある、というか」
君嶋「任務で降りたくても降りられない、なんてことは無いのか?」
日下部「そりゃあ、新海軍は予算が豊富っすからね」
日下部「ウチで何かあったら直ぐに予算が減らされるんで」
日下部「燃料費が馬鹿にならない船は、おいそれと動かせないんすよ」
君嶋「あ、ああ……」
君嶋(薄々、感じ取ってはいたが……)
君嶋(想像以上にまずいかも知れないぞ、これは)
日下部「じゃあ、報告も終わったんで」
日下部「自分はこれで失礼します」
ガチャ バタン
君嶋「…」
五十嵐「……大丈夫か?」
君嶋「は、はい」
五十嵐「まぁ……色々と思うこともあるだろうが」
五十嵐「赴任してまだ一日も経っていないんだ」
五十嵐「今日はゆっくりと休んで、頭を整理するといい」
五十嵐「ちょうど、工場見学もできなくなったみたいだしな」
君嶋「しかし……」
五十嵐「上官の進言には素直に従っておけ」
五十嵐「昔がどうだか知らんが、今は軍でも無理せずに働く時代なんだ」
五十嵐「そんなんじゃ、何かと生きにくいぞ?」
君嶋「……分かりました」
君嶋「今日のところは自室に戻り」
君嶋「明日に備えることにします」
五十嵐「よし、それでいい」
五十嵐「じゃあ……就任祝いもかねて」
五十嵐「俺からプレゼントだ」
君嶋「プレゼント?」
五十嵐「ああ、特製ブレンドの茶葉をやる」
五十嵐「疲れているときは紅茶に限るからな」
五十嵐「こいつを飲んで今日は休め」
君嶋「そんな、自分にはもったいないです」
五十嵐「いいから、黙って持って行け」
五十嵐「俺が作ってため込むより」
五十嵐「美味いと言ってくれる人間に飲まれる方が、コイツも幸せだ」
君嶋「……分かりました」
君嶋「ありがたく頂戴します」
五十嵐「じゃあ、また少し時間をくれ」
五十嵐「小分けにする袋を戸棚の奥から引っ張り出してくるからな」
<防衛隊基地 士官執務室>
コン コン コン
「失礼します」
君嶋「ん? 誰だ」
「日下部一等水兵であります」
君嶋「そうか、入っていいぞ」
日下部「はい、失礼します」
ガチャ バタン
日下部「おはようございます、君嶋少尉」
日下部「昨日はよく眠れましたか?」
君嶋「ああ……それなりにな」
君嶋(正直、疲れが取れたかどうかは微妙だが)
君嶋(士官用のベッドだけあって、寝心地は抜群だった)
日下部「それは良かったっす」
日下部「昨日は工場の視察もできなかったんで」
日下部「ホント申し訳ない限りです」
君嶋「いや、それはもういい」
君嶋「それで……こんな朝早くから何の用だ?」
君嶋「まさか、挨拶をしに来ただけってことはないだろう」
日下部「それはそうですけど」
日下部「一応、朝の挨拶も含まれてますよ」
君嶋「俺付きの秘書でもないだろうに」
君嶋「挨拶なんぞ、一々やらなくても良いぞ」
日下部「そういえば言ってませんでしたっけ?」
日下部「自分、昨日付で少尉殿の世話役兼付き人になったんです」
君嶋「俺に付き人?」
君嶋「何かの間違いじゃないのか」
日下部「いや、そんなことありませんって」
日下部「ちゃんと辞令ももらいましたし」
日下部「新海軍が来るときは、ウチの誰かが必ず一人は付き人になるっす」
日下部「まぁ、君嶋少尉みたいなのは初めてっすけど」
君嶋「そうか……」
君嶋(室林大佐の話の通り、自分は扱いが異なると言う訳か)
日下部「とにかく、ここに居る限りは自分が付いて回ることになります」
日下部「鬱陶しいかも知れないっすけど、宜しくお願いします」
君嶋「いや、こちらこそよろしく頼む」
君嶋「何も知らないペーペーだからな」
君嶋「頼りにさせて貰うぞ、日下部」
日下部「はい、ありがとうございます」
君嶋「……なんだか、少しぎこちないな」
君嶋「昨日のを見る限り、上官の前で緊張する質でもないだろうし」
君嶋「無理して俺に合わせてるのか?」
日下部「いやぁ……そういうんじゃなくてですね」
日下部「少尉が意外にフランクと言うか……」
君嶋「俺がどうした?」
日下部「自分の勝手な思い過ごしだったんですけど」
日下部「新海軍の士官ってのは、全員が全員エリート意識が強くてツンケンしてるもんだと思ってて」
日下部「実際に会ったことのある士官も皆そんな感じだったんで」
日下部「てっきり……君嶋少尉もそういう感じかと思ってたんです」
日下部「それが、話してみると思ってたのとは違ったんで」
日下部「ちょっと面食らってたんす」
君嶋「ああ……そうか」
君嶋(確かに、士官候補生の連中はやけに選抜意識が強かったな)
君嶋(こういうところは変わってないのか)
日下部「でも、少尉が話の分かる人で良かったです」
日下部「自分としても、防衛隊を役立たずの穀つぶしなんて思ってる人のお付きは嫌っすから」
君嶋「……防衛隊が役立たず」
君嶋「そんなの風に見る奴らが居るのか?」
日下部「多くは無いですけど……居るにはいます」
日下部「特に、少尉みたいな青年将校に多いっす」
日下部「まぁ……現実問題、旧海軍は新海軍のサポートに徹してますから」
日下部「第一線で戦ってる人たちにしてみれば、そう思われても仕方ない面はありますね」
君嶋「…」
君嶋(コイツの話、口調からして嘘はついていないだろう)
君嶋(しかし、ここまで海軍を変えてしまう兵器とは一体……)
日下部「ちょっと、話が脱線しすぎましたね」
日下部「そろそろ本題へ戻りたいと思います」
日下部「朝っぱらから少尉に愚痴を聞かせるわけにも行かないっすから」
君嶋「それで、その本題というのは?」
君嶋「昨日の話じゃ、工場の視察はできないんだろ」
君嶋「何か他の場所でも見せてくれるのか?」
日下部「見せると言うか……見に行くって感じに近いですかね」
日下部「鎮守府への武装の納入が今日の昼に決まったんで」
日下部「視察がてらに、少尉殿も一緒に行きましょうって話っす」
君嶋「鎮守府、ということは……新海軍か?」
日下部「はい、そうです」
日下部「帝国海軍の横須賀鎮守府っすね」
日下部「ま……ここも鎮守府の一部ではあるんですけど」
日下部「拠点は向こうにあるんで、大体は工場とか基地って呼んでるっす」
君嶋「……そうなのか」
君嶋「それじゃあ、例の新兵器とやらも向こうにあるのか?」
日下部「新兵器って、アレのことですか?」
日下部「それなら有るというか……」
日下部「行けば会えると思いますよ」
君嶋(会える……? 随分と妙な言い方をするな)
君嶋「しかし、突然の話だな」
君嶋「まだ具体的な任務は与えれていないし」
君嶋「昨日も、中佐殿は何も言っていなかったんだが」
日下部「それが……昨日の夜になって急に連絡があったんす」
日下部「他所で受けてた護衛任務が向こうの鎮守府に舞い込んできたらしくて」
日下部「それに使う武装を今日中に納品しろ、だそうです」
君嶋「昨日の今日でか?」
君嶋「さすがに、それは無理じゃないか」
日下部「まぁ、こういう無茶は良くあるんで」
日下部「まとめて出せる数の在庫は用意してるんす」
日下部「ただ……一度ストックを放出すると」
日下部「生産ラインのフル稼働が待ってるんで、後が怖いっすけど」
君嶋「それは何というか……」
君嶋「大変だな、色々と」
日下部「こういうのはもう慣れっこなんで、今更です」
日下部「それより、鎮守府行きの件はどうします?」
日下部「急な話なんで、無理ならそう伝えますけど」
君嶋「いや、行くことにする」
君嶋(今の新海軍の様子も知りたいし)
君嶋(あわよくば、噂の新兵器とやらも拝見したいからな)
日下部「了解しました」
日下部「また迎えに来るんで、適当に時間を潰しておいてください」
日下部「ただ、作業区画は例のごとく殺気立ってるんで」
日下部「特別な用がない限りは、近づかない方が無難っす」
君嶋「了解した」
君嶋「ご苦労だったな、日下部」
<防衛隊基地 発着場>
君嶋「こいつは……?」
日下部「新海軍の鎮守府まで直通の貨物列車ですよ」
日下部「防衛隊ができた頃にはトラックかなんかで運んでたみたいっすけど」
日下部「とてもそれだけじゃ回らくなって」
日下部「こうして線路を引いて、列車で運んでるんです」
君嶋「船は使わないのか?」
君嶋「ここにも港と船はあるんだろ」
日下部「それは、まぁ……そうですけど」
「無理して船で運んでも、コスト的に釣り合わないんです」
日下部「あっ、大門兵長」
日下部「もう来てたんですか」
君嶋「あなたは……」
大門「申し遅れました」
大門「私は技術部の大門技術兵長です」
大門「本日は、横須賀鎮守府まで同行することとなりました」
君嶋「君嶋特務少尉だ」
君嶋「こちらこそ、よろしく頼む」
君嶋「それで、大門兵長」
君嶋「今のはどういう意味なんだ?」
大門「そのままの意味ですよ」
大門「今でこそ、新海軍のおかげで海上の輸送はだいぶやり易くなりました」
大門「ですが……それでも、船が沈められるリスクや迅速な輸送が出来ないという欠点が残っています」
大門「何より、原油が取れない我が国では、船に使う燃料費が馬鹿にならないんです」
大門「ですから、安全性と利益性、一度に送れる輸送量などを考えた結果」
大門「今の機関車による陸上輸送に落ち着いたのです」
君嶋「なるほどな」
君嶋(輸送と言えば海上輸送の認識だったが)
君嶋(深海棲艦とやらの出現で、そうもいかなくなったという訳か)
大門「では、さっそく乗り込みましょう」
大門「2両目の一部が客車になっているので、そこまで案内します」
日下部「すいませんっす、大門兵長」
日下部「案内は自分の役目なのに」
大門「いや……ウチの技術部長からの命令だよ」
大門「『日下部の奴に列車を触らせるな、アレまで壊されたら堪らない』って」
日下部「……幾らなんでもそれは酷いっす」
日下部「触っただけで壊れるなんて、あり得ないっす」
大門「そう言われても……どうしようも出来ないな」
大門「技術部じゃ、君は技本と納期の次ぐらいに恨まれてるんだ」
日下部「そ、そんなぁ……」
君嶋「ま、仕方ないな」
君嶋「日ごろの行いが悪かったんだ、諦めろ」
日下部「少尉殿まで!」
日下部「周りがそう言うからって、自分の事を誤解してますよ」
君嶋「なら、目の前で車をオシャカにしたのは」
君嶋「……何処の誰だっただろうな?」
日下部「うっ……それは」
大門「まぁ、からかうのはそこら辺にしましょう」
大門「彼だって、好きでやってるわけではないでしょうから」
君嶋「そうだな……」
君嶋「悪かった、日下部」
君嶋「気を悪くしたなら謝ろう」
日下部「いや……大丈夫っす」
日下部「どうにかしなきゃいけないってのは、自分でも良く分かってますから」
日下部「そんなことより、早く列車に乗り込みましょう」
日下部「出発までそんなに時間もないっす」
君嶋「じゃあ、大門兵長」
君嶋「客車まで案内を頼む」
大門「分かりました」
大門「私の後に着いてきてください」
<輸送列車 車内>
ガタン ゴトン
ガタン ゴトン
君嶋「…」
君嶋(船影が全く見えない……)
君嶋(これが、今の横須賀の海)
大門「どうかしましたか? 少尉」
大門「窓の外を睨みつけて」
君嶋「いや……船の姿が全く見えないと思ってな」
君嶋「これも深海棲艦とやらの所為なのか」
日下部「そう言うってことは……」
日下部「もしかして、横須賀は初めてっすか?」
君嶋「まぁ、そうなるな」
君嶋(まさか本当のことを言う訳にはいかない)
君嶋(……ここはそういうことにしておくか)
日下部「やっぱり、そうですか」
日下部「いやぁ……よく勘違いされるんすよね」
日下部「横須賀は防御が厚いから、船の出入りが多いとか」
日下部「あそこの防衛隊は防衛用の艦隊を持ってるとか」
君嶋「でも、船は持っているんだろ?」
君嶋「だったら……」
大門「いえ、とても艦隊なんて運用できるレベルではありません」
大門「頭数は揃っては居るんですか……」
大門「予算の都合で廃棄できないスクラップ同然の船だったり」
大門「誰も動かし方を知らないような旧式の軍艦だったり」
大門「とても戦闘で使えるような状態でないのが殆どなんですよ」
君嶋「だからこそ、例の兵器か」
君嶋「しかし……それだけに頼っていていいのか?」
君嶋「なにも、敵は化け物だけじゃないんだろ」
日下部「そうとも言い切れないっす」
日下部「今日日、ちょっと沖へ出たら直ぐに深海棲艦とかち合う時代なんで」
日下部「護衛も付けずに沖へ出たら最後、仲良く海の藻屑です」
日下部「そんなもんで、世界中の国は協定を結んでる上に」
日下部「日本は対深海棲艦の第一人者です」
日下部「だから……」
君嶋「協力を求めはしても敵対はしない、か」
君嶋(……戦争などやってる場合では無いということか)
大門「まぁ、そういう事情もあって輸送船以外の艦艇は廃れる一方」
大門「軍艦なんかは、新しくても製造から20年単位の老朽艦がザラで」
大門「製造中止になった部品なんかは工場で手作りしている有様です」
君嶋(軍艦がそんな扱いとは……)
君嶋(あの時の上官が知ったら、卒倒しそうな内容だ)
日下部「あっ! 見えてきました」
日下部「アレが新海軍の鎮守府っす」
君嶋「……あれか」
君嶋(あのレンガ造りの建物、見覚えがあるな)
君嶋(確か、鎮守府の庁舎だったか)
君嶋(他にも海兵団に居た時のままの建物がいくつか見える)
君嶋(まさか……こんな形でここへ戻ってくるとは)
君嶋(人生、意外と分からないものだな)
日下部「どうしたんですか? 黙りこくって」
君嶋「いや、何でもない」
君嶋「それより、降りる準備だ」
<横須賀鎮守府 発着場>
大門「では、荷降ろしの監督があるので」
大門「私はここで失礼します」
君嶋「そうか、分かった」
君嶋「ここまでの案内、助かったよ」
大門「ありがとうございます」
大門「また、会う機会があると思うので」
大門「その時は宜しくお願いします」
カツ カツ カツ カツ
君嶋「荷降ろしの監督か」
君嶋「お前の見張り以外にもちゃんとした仕事があったみたいだな」
日下部「当然ですよ」
日下部「昨日の今日で、タダでさえ工場は大忙しです」
日下部「こっちに仕事でもなきゃ、兵長が来るはずないっす」
君嶋「なら、どうしてお前はこっちに?」
君嶋「無理して俺についてこなくても良かったのに」
日下部「そいつは……」
「ほう、貴様が海軍から左遷された少尉か」
君嶋「……はい、君嶋特務少尉であります」
君嶋(いきなり左遷とは随分な言い草だな)
君嶋(だが、階級章は海軍大尉……)
君嶋(ここの提督が寄こしたのだろうか?)
「そうか……」
「で、そっちのは?」
日下部「ハッ! 日下部一等水兵であります」
日下部「本日は、君嶋特務少尉のお付きとして同行しました」
「フンッ……お付きとは」
「防衛隊はさぞかし居心地のいいところみたいだな」
君嶋「失礼ですが……そちらは?」
君嶋「お出迎えがあるという話は聞いていませんでしたが」
「なんだ、聞いてなかったのか」
「私は横須賀鎮守府付きの本条誠海軍大尉だ」
「そちらの中佐殿から話があり、貴様らの案内役となった」
君嶋「大尉殿が自ら、ですか?」
君嶋「僭越ながら……大尉殿には役不足であると存じますが」
本条「ああ、全くだ」
本条「司令長官の命といえども、困ったものだ」
本条「私にも艦娘どもの育成というものがあるのに」
君嶋(艦、娘……?)
本条「ただ、司令の言い分も分からなくはないがな」
本条「聞いたところ、前線基地に来るのは初めてらしいし」
本条「アイツらに任せていては帝国海軍の品位が問われる」
本条「全く……これだから婦女子のお守は嫌なんだ」
君嶋(おい、日下部)
君嶋(これはどういうことなんだ?)
日下部(いや、自分にも分からないっす)
日下部(工場長が根回ししてくれたみたいですけど……)
本条「まぁ……そんなことはどうでもいい」
本条「とにかく、私が鎮守府を案内することとなった」
本条「説明はその都度行う、私の後についてこい」
<鎮守府 埠頭>
君嶋(……どういうことだ)
君嶋(何なんだ? ここは、一体)
本条「ここが我が鎮守府の港だ」
本条「例のごとく、本来の艦船の発着には使用されていないが……」
君嶋(年端のいかない子供から、年頃の娘まで)
君嶋(右も左も女子ばかり)
君嶋(鎮守府付きの軍人はどこにいる?)
本条「……君嶋特務少尉」
本条「私の話を聞いているのか?」
君嶋(待て……冷静に考えてみろ)
君嶋(海軍が分裂した理由は何だ?)
君嶋(それは、次世代型の生体兵器が開発されたから)
日下部「少尉、呼ばれてますよ」
君嶋(深海棲艦とかいう化け物に対抗するための生体兵器)
君嶋(……素体となるのは人間)
君嶋(帝国海軍の軍人にはその適性は無かった)
本条「おい、返事をしろ」
本条「聞いているのか?」
君嶋(適性があったのは……軍人でない)
君嶋(だとしたら、まさか……)
本条「君嶋特務少尉!」
君嶋「!」
本条「全く、貴様のために案内をしているのだ」
本条「肝心のお前が聞いていないようでは困る」
君嶋「申し訳ありません、大尉殿」
君嶋「ですが、ひとつだけ……お伺いしたいことがあります」
本条「何だ?」
君嶋「この鎮守府、我々の他に男子が居ないように見えますが」
君嶋「それは一体……」
本条「ここは帝国海軍横須賀鎮守府だ」
本条「深海棲艦との決戦のため、艦娘たちを養成する場所である」
本条「当然、私と司令以外はみな女子だ」
君嶋「と、いうことは……まさか」
君嶋「海軍の新兵器というのは……」
本条「もちろん貴様がここで見た女子たち全てだ」
本条「さもなければ、この鎮守府に軍属の者以外が居ることになる」
本条「そもそも、貴様も海軍士官であるなら知っているはずだ」
本条「何故そんなことを今更……」
君嶋「何故です!?」
君嶋「どうして、こんなことになっているのですか!」
本条「……どうした、いきなり」
君嶋「化け物に対抗するために新兵器を造り上げたはいいが」
君嶋「その兵器の素体に海軍の軍人はなることはできない」
君嶋「ならば、適性のある婦女子たちを使おう、だと?」
君嶋「そんなことが許されて堪まるものか」
日下部「少尉殿! 落ち着いてくださいっす」
君嶋「これが落ち着いていられるか!」
君嶋「海軍は軍艦を棄て、軍人を飼い殺しにしているどころか」
君嶋「あまつさえ、戦場に彼女たちを引っ張り出して」
君嶋「深海棲艦とかいう化け物と戦わせているのだぞ?」
日下部「でも、深海棲艦と戦うには仕方が……」
君嶋「仕方がないで済まされるか!」
君嶋「相手が何であれ、戦っているのは年頃の娘や年端もいかない子供だ」
君嶋「そんなことがまかり通るというのか!?」
本条「彼女たちは艦娘だ」
本条「見た目こそ人間のそれに近いが、中身はもはや別物だ」
本条「実際に、実在の戦闘艦では……」
君嶋「御託なら必要ありません」
君嶋「彼女たちが何者であれ、女子供を戦わせているのは事実です」
君嶋「それでも、仕方がないで済ますと言うなら」
君嶋「あなたの話は卑怯者の言い訳だ!」
本条「……卑怯者だと?」
本条「貴様! 上官に向かって何という口の利き方だ」
本条「身の程をわきまえろ!」
君嶋「帝国海軍の誇りを忘れた人間に言われたくありません」
君嶋「自分たちは戦場に立たずに婦女子を戦場に出している」
君嶋「これを卑怯者と言わず、何というのですか!」
本条「何を……ッ!」
本条「貴様ら旧海軍の連中が役立たずだから、彼女たちを使っているのだ」
本条「補助組織の癖に、食ったような口を利くんじゃない!」
君嶋「大尉殿は何とも思わないのですか!?」
君嶋「自分が守るべき人を戦場に送り出しているのですよ」
君嶋「軍人として、こんなことを許していいはずがありません」
本条「出来もしないことを言うな!」
本条「海軍は敵に打ち勝つために新しい兵器を作成した」
本条「それがどんなモノであれ、国を守るのが海軍軍人の使命だ」
本条「そんな綺麗事で戦に勝てるなら、いくらでも言ってやる!」
君嶋「綺麗事ではありません!」
君嶋「これは軍人として最低限の矜持です」
君嶋「それすら守れないと言うのなら、貴方たちは軍人ではない」
君嶋「女子供の陰に隠れる卑怯者だ!」
本条「口で吠えるのなら誰にだって出来る」
本条「だが、そんなまやかしでは奴らに勝てん」
本条「だからこそ、彼女たちを使って敵を滅ぼす」
本条「これを否定すると言うなら」
本条「今の海軍、その全てを否定するということだぞ!」
君嶋「今の海軍を否定しようが知った事ではありません!」
君嶋「彼女たちを戦場へ引っ張り出していることが許せないです」
君嶋「俺たちは誰も海軍のために入隊を決めたわけじゃなかった」
君嶋「家族や友人、彼女たちみたいな子供を守る為に志願したんだ」
君嶋「それが……守りたいと願った人たちを前線に立たせるのが未来の海軍と言うなら」
君嶋「一体何のために戦ってきたと言うのですか!」
本条「貴様が何と思おうが現状は変えられない」
本条「どんな手段をもってしても、来たるべき危機を排す」
本条「それが帝国海軍のやり方だ」
君嶋「……これ以上はお話になりません」
君嶋「提督の居場所を教えてください」
君嶋「直接行って、話をしてきます」
本条「貴様が司令に?」
本条「何を馬鹿なことを……」
本条「どうせ、門前払いが関の山だ」
君嶋「自分は本気です」
君嶋「提督に話を聞かなければ納得できません」
本条「……司令部の執務室だ」
本条「そこまで言うなら、行ってみるがいい」
本条「ただ、どちらにしても貴様の評価が下がるだけだがな」
君嶋「評価など気にしません」
君嶋「自分は自分の思った通りのことをするまでです」
君嶋「では、失礼します」
<鎮守府 司令部 廊下>
コン コン コン
コン コン コン コン
君嶋「提督! 提督はおられますか!?」
ガチャリ
「あの、何ですか?」
君嶋「帝国海軍君嶋大悟特務少尉だ」
君嶋「提督に話があって、やって来た」
君嶋「お目通り願う」
「君嶋特務少尉……ですか?」
「そんな話は聞いていませんが」
君嶋「いきなり押しかけて申し訳ない」
君嶋「だが、どうしても提督に話を聞かなければならない事情がある」
君嶋「そこを通してくれ」
「残念ですが、提督はお忙しいので」
「今、お会いできる時間はありません」
君嶋「そこを何とか頼む」
君嶋「ここで引き下がるわけには行かないんだ」
「しかし……今は」
「……通してやりなさい」
「提督?」
「でも、いきなり押しかけて来たんですよ」
「いいから、通してやれ」
「分かりました……」
「どうぞ、お通り下さい」
君嶋「ああ……ありがとう」
<鎮守府 司令部 執務室>
君嶋「君嶋特務少尉であります」
君嶋「突然の来訪をお許しください」
君嶋「どうしてもお話ししたいことがあって、やってまいりました」
「美津島海軍大将だ」
「この鎮守府の管理および艦隊の指揮を任されている」
君嶋「それで、提督」
君嶋「単刀直入に聞きますが……」
美津島「まぁ、待ちなさい」
美津島「その話の前に……」
「はい? 何でしょうか」
美津島「少し、席を外してくれ」
美津島「彼と2人で話をしたいんだ」
「しかし……」
美津島「上官命令だ」
「……分かりました」
ガチャ バタンッ
君嶋「今のは……」
美津島「彼女も艦娘なのだ」
美津島「それも、自分の戦いに誇りを持っている」
美津島「そんな彼女に、これからする話を聞かせるわけには行かないだろう?」
君嶋(これから話す事が分かっているかのような口ぶり……)
君嶋(何なんだ? この人は)
美津島「……合点がいかないという顔だな」
美津島「まるで、これから話す内容が分かっているようで気味が悪い」
美津島「そう思っているんだろう?」
君嶋「それは……」
美津島「答えは簡単だ」
美津島「私も君の素性を知っているのだよ」
美津島「だから、君が取りそうな行動はあらかじめ分かっていた」
君嶋「提督が自分を?」
君嶋「本条大尉は、何も知らないようなことを言ってましたが」
美津島「ここは帝国海軍横須賀鎮守府であり、艦娘の運用拠点」
美津島「軍令部の復権派とは相容れない派閥の拠点と言ってもいい」
美津島「本来なら、私には君の素性を知らされるはずがないのだ」
君嶋「ならば、何故?」
美津島「室林と五十嵐から聞いたのだ」
美津島「過去からやってきた男がこの鎮守府に来ると」
君嶋「室林大佐と五十嵐中佐が?」
君嶋「一体、どのような関係で……」
美津島「昔の教え子だ」
美津島「ずっと昔の……まだ、艦娘の計画が軌道に乗り始める前の」
美津島「あの頃は良かった」
美津島「軍艦と艦娘とが互いの欠点を補い合って」
美津島「私も洋上で指揮を執ることが出来た」
美津島「本当に、良い時代だった」
君嶋「お言葉ですが、美津島提督」
君嶋「自分は昔話を聞きに来たのではありません」
君嶋「貴方に聞きたいことがあってやってきたのであります」
美津島「……聞きたいことか」
美津島「君が言わなくとも分かっている」
美津島「現状をどう思っているか、だろう?」
君嶋「ええ……そうです」
美津島「正直に言えば、良くは思っていない」
美津島「孫ほどの娘子を戦場に送り出して、自分は後ろに控えている」
美津島「昔の教えからすれば……卑怯者なんだろうな」
君嶋「そうであるなら、なぜ反対しないのですか」
君嶋「貴方なら分かるはずです」
君嶋「この状況がどれほど歪んでいるかが」
美津島「確かに、君にしてみれば」
美津島「今の海軍はさぞかし歪んだものに見えるだろう」
美津島「だが……他に方法がないのだよ」
美津島「未知の敵には未知の力を、軍艦で適わない相手には艦娘の力を」
美津島「そうしなければ、国は守れない」
美津島「そんな時代になってしまったのだ」
君嶋「しかし、納得できません」
君嶋「それでは逃げているだけです」
君嶋「守るべき者たちの後ろに隠れて、何が軍ですか?」
美津島「では、君嶋特務少尉」
美津島「逆に聞かせてもらうが……」
美津島「君はどう思うんだ?」
君嶋「自分が……ですか?」
美津島「何があったかは室林から聞いている」
美津島「ならば、誰よりも深く、敵の強さを知っているはずだ」
美津島「奴らに襲撃を受けた船に乗り合わせていたのだから」
美津島「だからこそ、聞いてみたい」
美津島「本当に我々だけの力で奴らを撃退できると思っているのかを」
君嶋(……俺達はやられた)
君嶋(深海の怪物に手も足も出ず)
君嶋(一方的な砲撃を浴びせかけられ、下山田や兵長、多くの仲間たちは散っていった)
君嶋(そして、俺は……)
美津島「……答えられないだろう」
美津島「つまりは、そういうことなのだよ」
美津島「もう軍艦の時代は終わってしまった」
美津島「幾ら望んでも、あの時代は帰ってこない」
美津島「だから、少しでも彼女たちの負担を少なくする」
美津島「それが……今の我々に出来るたった1つのことだ」
君嶋(俺は助かった)
君嶋(それは怪物を傷つけ、その体液を浴びたから)
君嶋(あのとき、奴を傷つけたのは……)
美津島「君が激昂するのも無理のないことだ」
美津島「私とて憤りを感じたこともある」
美津島「だが、今日のところは帰りたまえ」
美津島「これ以上、ここに居ても君にとっても良い事はない」
君嶋(だとしたら、俺でも)
君嶋(いや……防衛隊の軍人でも)
君嶋(あの怪物を倒すことができる!)
美津島「心配せずとも、ここであったことは全て不問にしておく」
美津島「本条大尉にも私の方から言い聞かせておこう」
美津島「だから、今日は……」
君嶋「待ってください」
君嶋「先ほどの質問の答えが分かりました」
美津島「今更、取り繕わなくてもいい」
美津島「意地の悪い質問をしてしまったのは私だ」
君嶋「いえ、自分たちは戦えます」
君嶋「軍艦でも深海棲艦を倒すことが可能です」
美津島「……そんなことは不可能だ」
美津島「多くの人間が奴らに立ち向かい、幾百もの軍艦が沈められた」
美津島「何の根拠があって、そんなことを」
君嶋「証拠ならあります」
君嶋「今ここで、自分が提督と話をしているのが何よりの証拠です」
美津島「それは……どういう意味だ?」
君嶋「自分は深海棲艦と戦い、生き残りました」
君嶋「しかし、ただ生き残ったのでありません」
君嶋「奴の身体に傷を付け、その体液を浴びました」
君嶋「つまり……艦娘でなくとも奴らに傷をつけることは可能」
君嶋「自分がこの場にいることこそが、軍人にも深海棲艦を倒すことが出来る証拠であります」
美津島「…」
君嶋(さぁ、どうだ……)
君嶋(どう仕掛けてくる?)
美津島「フフフ……」
君嶋「!」
美津島「あッはっはっはっ!!」
君嶋「美津島、提督……?」
美津島「……いや、済まない」
美津島「そんな単純なことに気が付けなかったのが馬鹿らしくてな」
美津島「頭の固い老人などクソくらえと思っていたくせに」
美津島「自分自身、随分と歳を食ってしまったみたいだ」
美津島「だが、気づかされたよ」
美津島「変わってしまったのは時代ではなく、私自身だったようだ」
美津島「いつの間にか、誰かが何かを変えてくれるのを待っていたようだ」
君嶋「…」
美津島「君嶋特務少尉、今一度問う」
美津島「君は、今の海軍を変えることが出来るか」
美津島「艦娘に頼りきりではなく、自分たちの力で深海棲艦と戦う」
美津島「あの頃の海軍へ……戻れると思うか?」
君嶋「変えられる変えられないではなく、変えるのです」
君嶋「守るべき人を盾にしても、国を守った事にはならない」
君嶋「未来を信じて散っていった仲間のためにも」
君嶋「……この命を捧げる覚悟です」
美津島「そうか、いい返事だ」
美津島「室林が君にこだわる理由が分かった気がするよ」
君嶋「室林大佐がどうかしましたか?」
美津島「いや、なんでもない」
美津島「それより、そろそろ執務に戻ってもいいかね?」
美津島「遠征組が戻ってきたばかりで、雑務が溜まっているのだよ」
君嶋「ハッ、申し訳ありません!」
君嶋「本日は自分のために時間を割いて頂き、感謝のしようもありません」
美津島「また、何かあったら私を訪ねると良い」
美津島「助けになれるかは分からんが、力になろう」
君嶋「ありがとうございます!」
君嶋「では、失礼いたします」
ガチャリ バタン
美津島「君嶋特務少尉か……どう思う?」
「!?」
美津島「下手な小細工はよせ」
美津島「外で聞き耳を立ていたことぐらい、分かっている」
美津島「入ってきなさい」
ガチャリ
「……失礼します」
美津島「それで……どう思った?」
「もちろん、納得いきません」
「私たちが戦った方が確実なのに」
「それを……軍艦で戦うだなんて」
美津島「そう言うとは思っていたよ」
美津島「だが、私たちにも譲れないものがある」
美津島「それが男という生き物なのだ」
「……よく分かりません」
美津島「まぁ……理解できなくても仕方ない」
美津島「私たちでさえ、よく分かっていないのだから」
「そう……なんですか」
美津島「さぁ、仕事に戻ろうか」
美津島「目を通さなければならない書類が山積している」
-3日後-
<防衛隊基地 工場長執務室>
君嶋「君嶋特務少尉です」
君嶋「失礼します」
五十嵐「おっ、来たか」
室林「待ってたぞ」
君嶋「室林大佐?」
君嶋「どうして、ここに」
室林「いや、君に用事があって来たんだが」
室林「話すと長くなるからな、五十嵐の要件から先に聞いてくれ」
君嶋「五十嵐中佐もですか?」
五十嵐「まぁ、大したことじゃない」
五十嵐「今夜やろうと思ってるお前の歓迎会の事だ」
五十嵐「本当は日下部一等あたりを使って伝えるつもりだったんだが」
五十嵐「室林の奴が来たからな、ついでに俺の部屋まで来てもらったという訳だ」
君嶋「歓迎会?」
君嶋「そんなもの、どうして」
室林「実感はないだろうが」
室林「君も一応、肩書の上では新海軍の士官なんだ」
室林「だから……」
五十嵐「歓迎会の1つでも開かないと、俺達のメンツが立たないってことだ」
五十嵐「普通なら前もって連絡かなんなりするんだろうが」
五十嵐「突然の大仕事が舞い込んできたりしてな」
五十嵐「結局、話しそびれちまってたという訳だ」
君嶋「しかし、歓迎会というからには」
君嶋「何か壇上で話す必要がありますでしょうか?」
五十嵐「察しが良くて助かる」
五十嵐「ま、よくある就任の挨拶ってヤツだ」
五十嵐「簡単でいいから、何とか言ってくれ」
君嶋「……どのような内容でも良いのですか?」
五十嵐「話す内容はそっちに任せる」
五十嵐「これからの抱負でも、俺の紅茶の感想でも……」
五十嵐「何でも好きに話してくれ」
五十嵐「どうせ、仲間内でやる懇談会みたいなもんだからな」
君嶋「了解しました」
君嶋「ご期待に添えるかどうかは分かりませんが」
君嶋「思っていることを率直に話したいと思います」
五十嵐「俺からはこれでお終いだ」
五十嵐「室林、後は頼んだ」
室林「それじゃあ、私の番だな」
室林「ま、君にとってはこっちの方が重要だろう」
室林「なにせ、君の任務についてだからな」
君嶋「任務……ですか?」
室林「辞令は渡したが、詳しい説明は無かっただろう」
室林「今日はそれを伝えにたんだ」
君嶋「わざわざ、大佐殿が足を運ばなくても」
君嶋「書面で充分でしたのに」
五十嵐「それがそうも行かないんだよ」
五十嵐「お前が就任早々、やらかしてくれたからな」
君嶋「自分が?」
五十嵐「忘れたわけじゃねぇよな」
五十嵐「美津島提督に向かって、啖呵を切っただろ」
五十嵐「海軍を変えてやるだとか、なんとか」
君嶋「それは……」
君嶋「出過ぎた真似でしたが、抑えきれませんでした」
君嶋「処分を受けろと言うなら甘んじて受け入れます」
君嶋「ですが、取り消すつもりはありません」
五十嵐「いや、そういう問題じゃ無くてな」
五十嵐「そんな啖呵を切ったおかげで……」
室林「任務を変更せざるを得なくなった」
君嶋「上官に対する不敬……ですか」
室林「そういう訳ではない」
室林「美津島提督から、君の待遇について要請があってな」
室林「君の任務に追加事項が生まれた」
君嶋「追加事項……と言いますと?」
君嶋「現在の任務は工場の管理、統括の補佐となっておりますが」
君嶋「一体、何が加わるのでしょうか」
室林「横須賀防衛基地における戦闘部隊の編成」
室林「要は、深海棲艦と戦う軍艦と人員の確保だ」
君嶋「……部隊の編成を?」
室林「ああ、そうだ」
室林「元々あった私の意見を美津島提督が後押ししてくれた」
室林「君にとっても悪い話ではないかと思うが」
君嶋「しかし……」
五十嵐「自分で啖呵を切った割には、随分と面食らった顔をしてるな」
五十嵐「もう少し喜んだらどうだ?」
五十嵐「お望みどおり、自分の手で奴らと戦えるんだぞ」
君嶋「……自分にそんなことが出来るのでしょうか?」
室林「出来る……と私は信じている」
室林「私も全力でサポートするつもりだ」
室林「もちろん、ここの長官の五十嵐中佐もな」
五十嵐「……ああ」
五十嵐「上からの命令に逆らうわけにも行かないしな」
五十嵐「まぁ、ウチにある船でも隊員でも好きに使ってくれ」
五十嵐「どうせ技術部以外は暇しているような基地だ」
五十嵐「奴らのためににも、そういう刺激があった方がいいだろう」
室林「それで、どうだ?」
室林「引き受けてくれるか」
室林「どうしてもと言うなら、今回の話は無かったことにするが」
君嶋「いえ……その必要はありません」
君嶋「美津島提督のご期待に沿うためにも」
君嶋「その大命、謹んで受けさせて頂きます」
室林「……そうか、ありがとう」
室林「私からはこれで終わりだ」
室林「五十嵐、他に何かあるか?」
五十嵐「いや……ないな」
五十嵐「君嶋少尉、ご苦労だった」
五十嵐「下がって良いぞ」
君嶋「ハッ、失礼いたします」
ガチャ バタン
五十嵐「……お望みどおりの展開か? 室林」
室林「何のことだ」
五十嵐「とぼけなくても良い」
五十嵐「古い仲だ、お前が考えていることぐらい分かる」
室林「…」
五十嵐「しらばっくれてやり過ごすつもりか」
五十嵐「だがな、こんなところでも情報だけは入ってくるんだ」
五十嵐「軍令部の海軍復権派……奴らにどこまで入れ込むつもりだ?」
室林「別に、入れ込んでいるつもりは無い」
室林「目指している方向が似ているだけだ」
五十嵐「……どうだかな」
五十嵐「俺にはどっちも似たようなもんにしか見えないな」
室林「そうか……」
五十嵐「それより、どっから仕組んでた?」
五十嵐「鎮守府への武装の納品が早まったり、就任間もないのに後出しの任務が決まったり」
五十嵐「十中八九お前の仕業だろ」
室林「……私は舞台を整えたに過ぎない」
室林「美津島先生が協力してくれたのは、彼自身の力さ」
五十嵐「ハッ……どうだかな」
五十嵐「あの人だって、もう年だ」
五十嵐「耳当たりのいい若い考えにほだされても仕方ない」
五十嵐「特に、どこぞの誰かの後ろ盾があればな」
室林「私には先生の考えは分からない」
室林「だが、決定を下したのはあの人だ」
五十嵐「……そうかい」
室林「そう言うお前も、反対はしないんだろう?」
室林「ここまで分かっていて決定に従うのだから」
五十嵐「お上に逆らうと面倒くさいからな」
五十嵐「下手に逆らって、これ以上左遷でもさせられたら堪らない」
室林「そうか」
<防衛隊基地 ホール>
五十嵐「さて、こうして皆に集まって貰ったわけだが」
五十嵐「何をするかは分かってるよな?」
「前口上は良いから、早くしてくださいよ」
「そんな風に話してたら」
「いくら時間があっても足らないですって」
五十嵐「……ったく、これでも上官だぞ?」
五十嵐「もう少し敬ったらどうなんだ」
「中佐を敬っても、紅茶ぐらいしか出ないじゃないですか?」
五十嵐「なんだ? 飲みたいのか」
「勘弁してくださいよ」
「工場長が淹れるのは怖くて飲めないっす」
五十嵐「全く……酷い言いぐさだ」
五十嵐「アレのどこがダメだっていうんだ」
「そりゃあ、中佐自身ですよ」
「そんな見てくれで紅茶なんて……」
五十嵐「お前ら、なぁ……」
五十嵐「まぁ、いい」
五十嵐「今日の主役は俺じゃないんだ」
五十嵐「君嶋特務少尉、後は頼む」
君嶋「はい?」
五十嵐「なにスッとぼけた返事をしてるんだ」
五十嵐「挨拶だ、あいさつ」
君嶋「ああ……そうですね」
五十嵐「変に肩肘を張らなくても良いいぞ」
五十嵐「聞いてもらった通り、この場は無礼講みたいなもんだ」
五十嵐「もっと気楽にしていろ」
君嶋(そうは言われても)
君嶋(今からやろうとしていることを考えたら)
君嶋(とても、そんな気にはなれないな)
五十嵐「ほら、どうした?」
五十嵐「何も思いつかなかった訳でもないだろ」
君嶋「ええ、それでは……」
君嶋「既に知っている顔ぶれもいるが」
君嶋「この基地に配属となった、君嶋大悟特務少尉だ」
君嶋「ここでの任務は工場の管理、統括の補佐」
君嶋「簡単に言えば、五十嵐中佐の補助だ」
君嶋「防衛隊のことは何も知らない文、至らぬところもあるとおもうが」
君嶋「自分も、皆と同じ軍人として精一杯を尽くすつもりだ」
君嶋「皆、よろしく頼む」
「おお! よろしくな」
五十嵐「じゃあ、君嶋から挨拶も終わ……」
君嶋「……と、普通ならここで終わるが」
君嶋「俺が本当に言いたいのはこんなことではない」
五十嵐「お、おい……」
君嶋「俺は見てきたんだ、新海軍の鎮守府に行って」
君嶋「艦娘だなんだと言って、女子供を戦闘へ引っ張り出している海軍の現状を」
君嶋「女の陰に隠れて、国を守ると言っている人間を」
「おい、どうなってんだ?」
「何だ? いきなり」
君嶋「お前達、こんな状況はおかしいと思わないか?」
君嶋「帝国海軍の使命は、身命を賭して臣民の命を守ること」
君嶋「それがどうだ? 陸に上がった軍人が、婦女子を海へと駆り出している」
君嶋「これが軍のあるべき姿なのか?」
「そ、それは……」
「…」
君嶋「俺はそうは思わない」
君嶋「たとえ、未知の敵に抵抗できるとしても」
君嶋「彼女たちも俺達と同じ人間であり、守るべき臣民だ」
君嶋「だから、俺は海軍を変える」
君嶋「艦娘に頼らない、軍人が軍人でいられる軍に」
君嶋「そのための大命も授かっている」
君嶋「今ここに宣言する!」
君嶋「必ずや、この手で深海棲艦を打倒してみせると」
「…」
君嶋「……以上で、挨拶は終わりだ」
君嶋「皆が何と思おうとも俺は構わない」
君嶋「ただ、これが俺の言いたかったことだ」
五十嵐「おい、馬鹿」
五十嵐「挨拶って言っただろうが!」
君嶋「済みません、五十嵐中佐」
君嶋「折角の歓迎会を壊してしまって」
君嶋「ですが、どうしても言っておかなければと思ったのです」
五十嵐「だがなぁ……」
君嶋「……今日のところは失礼します」
君嶋「これ以上、この場に居ても」
君嶋「良い影響は与えないでしょうから」
五十嵐「あ、おい! ちょっと待て」
五十嵐「全く……室林の奴もとんだ問題児を寄こしやがって」
「あの、工場長……」
五十嵐「うるせぇ! 今から茶会だ」
五十嵐「お前ら全員、俺の紅茶を飲んでけ」
五十嵐「さもなきゃ酒だ! 倉庫から有りっ丈持ってこい」
<防衛隊基地 士官執務室>
日下部「いやぁ……昨日は凄かったっすよ」
日下部「工場長が珍しく酒盛りを始めて……」
日下部「あんな騒ぎになったのは、いつ以来ですかね」
君嶋(中佐には悪いことをしてしまったな)
君嶋(……後でしっかりと謝っておこう)
日下部「しかし、昨日の演説は驚きましたよ」
日下部「いきなり『海軍を変える』なんて言うんすもん」
君嶋「流石に言い過ぎたとは思っている」
君嶋「五十嵐中佐には迷惑をかけたし」
君嶋「いきなりあんなことを言われても困るだろう」
日下部「自分は応援しますよ? 少尉の事」
日下部「ここに入った自分が言うのも難ですけど」
日下部「一生新海軍にこき使われるってのも癪ですから」
君嶋「その言葉はありがたいが」
君嶋「……先はまだまだ長そうだ」
君嶋「2人だけじゃ、戦闘部隊なんて名乗れないしな」
日下部「たぶん自分だけじゃないです」
日下部「みんな心のどこかでは思ってるっす」
日下部「艦娘に頼ってばかりじゃいられない、俺達も何かしたいって」
君嶋「本当か?」
君嶋「昨日の様子を見る限りだと、そんな風に思えなかったが」
日下部「みんな警戒してるんです」
日下部「職業軍人の復権だとか、海軍を取り戻せだとか……」
日下部「そんなことを言ってるのは少尉1人だけじゃないっす」
日下部「今の体制になってから体制派と復権派に分かれて言い争ってるんです」
日下部「でも、復権派の活動家は口先だけの理想家ばかりなもんで」
日下部「似たようなことを言ってる少尉を疑ってるんですよ」
君嶋「口先だけであんなことが言えるか」
君嶋「俺は本気だぞ」
君嶋「本気で奴らと軍艦でやり合うつもりだ」
日下部「分かってますよ」
日下部「さもなきゃ、提督に直訴なんて普通できないです」
日下部「それに……自分は少尉のお付きですからね」
日下部「少尉がやると言うなら、付いていくだけっす」
君嶋「……そうか」
コン コン コン
日下部「あ、来客みたいですね」
日下部「さっそく、話を聞きに来たのかもしれませんよ」
君嶋「それなら嬉しい限りだが」
君嶋「そうそう上手くも行かないさ」
君嶋「……入っていいぞ」
ガチャ
「失礼します」
日下部「おお、野田」
日下部「まさかお前が来るとは思ってなかった」
野田「……勘違いするな、そんなつもりで来たわけじゃない」
野田「伝言を伝えるように頼まれただけだ」
君嶋「五十嵐中佐からか?」
野田「いえ、違います」
野田「宗方兵曹長からです」
君嶋「宗方……知らない名前だな」
君嶋「誰だか分かるか? 日下部」
日下部「もちろん知ってます」
日下部「というか、この基地で知らない人間は居ないっすよ」
日下部「なんたって技術部のまとめ役なんすから」
君嶋「技術部のまとめ役」
君嶋「そんなに凄いものなのか?」
日下部「当り前ですよ」
日下部「ウチは半分武器工場みたいなもんなんで」
日下部「現場のトップみたいな人っすから」
君嶋「そう言われてもな」
君嶋「あまり、実感がわかないな」
野田「……あなたは分からなくても仕方ないでしょう」
君嶋「どういう意味だ?」
野田「ここの仕事は武装の整備や資材の確保がメイン」
野田「だから、技術部が強いのは当たり前」
野田「兵科はいつでも技術部の使い走りです」
君嶋「なるほど……」
君嶋「そういえば、技術部の大門兵長も鎮守府まで同行してきたな」
君嶋「そういう面でも技術部の力が強いという訳か」
野田「ここでは兵隊よりも技師の方が重宝される」
野田「……そういう事ですよ」
君嶋(要は、前線と後方支援の重度が反転しているということか)
君嶋(まぁ……軍艦が使い古しの老朽艦らしいからな)
君嶋(こういう状況は推して知るべしか)
日下部「それより、野田」
日下部「伝言っていうのは?」
野田「ああ、それは……」
野田「君嶋特務少尉、宗方兵曹長より伝言です」
野田「『現場が落ち着いた、見たいなら来い』」
野田「……だそうです」
君嶋「現場が落ち着いた、ということは」
君嶋「工場の見学に行ってもいいということか?」
日下部「多分、そうですね」
日下部「この前の遠征でやってきた武装の解体が終わったみたいですし」
日下部「これでようやく、落ち着けるっすよ」
君嶋「お前は兵科だろ」
君嶋「工場の現場は関係ないんじゃないのか?」
日下部「普段はそうですけど」
日下部「人手が足りなくなると、自分たちも動員されるんです」
日下部「外部委託は機密上の問題があるからって」
君嶋(兵隊は戦ってさえいればいい、という時代ではないか)
日下部「まぁ、個人的には技術部の機嫌の方が大きいですけどね」
日下部「色々あって技術部からの評判は良くないんで」
日下部「向こうが殺気立ってると、こっちが巻き添えくらうんす」
君嶋「無闇やたらに機械を壊さなければいいものを」
日下部「それが出来たら苦労しないっす」
野田「……確かに伝言を伝えました」
野田「自分はこれで失礼します」
君嶋「ああ、ご苦労」
君嶋「助かったよ」
野田「それでは……」
日下部「ちょっと待った」
日下部「もう少し話してかないか?」
野田「よしてくれ、俺だって暇じゃない」
日下部「いや、すぐ終わるからさ」
日下部「1分……2分でいいから」
野田「お前が言いたいことなら分かってる」
野田「どうせ……君嶋少尉に協力しろ、とでも言うんだろ?」
日下部「でも、お前……」
野田「今の俺にそんな気はない」
野田「あの時みたいに、馬鹿じゃないからな」
日下部「……野田」
野田「失礼します」
ガチャ バタン
君嶋「……勧誘失敗だな」
日下部「ま、そう上手くは行かないっすね」
君嶋「しかし、あの時がどうこうと言っていたが」
君嶋「前に何かあったのか?」
日下部「いや……昔にちょっと」
日下部「ほら、少尉と同じようなことを言った人が居るって言いましたよね」
君嶋「口先だけの理想家、ってヤツか」
日下部「アイツ、新任の基地でその復権派に乗せられちゃたらしくて」
日下部「自分が防衛隊を変えるって息巻いてた時期があったみたいなんすよ」
日下部「ただ……そこで何かあったみたいで」
君嶋「結局は何も変えられなかった、か」
日下部「こっちに来て、もう忘れたと思ってたんですけど」
日下部「思ったより根が深かったみたいっす」
君嶋「ま、気長にやっていくさ」
君嶋「そのうちアイツにも受け入れられるようにな」
日下部「……そうっすね」
日下部「野田だって現状をどうにかしたいって思いはあるはずですから」
君嶋「さて、工場まで行くとしよう」
君嶋「呼び出されたまま、放置するわけにも行かないからな」
<防衛隊基地 作業区画>
君嶋「ここが工場の中心部……」
君嶋「当然だが、機械だらけだな」
日下部「何と言っても、横須賀鎮守府付きの工場ですからね」
日下部「ラインの数もそれなりじゃないと間に合わないっす」
君嶋「しかし、この設備で手一杯となると」
君嶋「そろそろ危ないかも知れないな」
「ええ、全くです」
「鎮守府の要求は増える一方で、設備の更新は無し」
「ここの容量を超えるのも時間の問題です」
君嶋「大門兵長」
君嶋「貴方もここに居たのか」
大門「もちろん、私も技術部の人間ですから」
大門「普段はここで一日中、機械に向かっていますよ」
日下部「大門兵長は技術部でも指折りの腕利きっすからね」
日下部「特別な用事でもないと、工場の外に出てこないんですよ」
君嶋「技術部もなかなか大変なんだな」
大門「慣れてしまいましたからね」
大門「今はそんなに苦労は感じませんよ」
大門「それより、君嶋少尉」
大門「私は忙しくて参加できませんでしたが、昨日の歓迎会」
大門「何やら凄かったみたいじゃありませんか」
君嶋「ああ……俺も後から知ったが」
君嶋「五十嵐中佐が酒盛りを始めたみたいだな」
大門「いえ、少尉の就任あいさつですよ」
大門「堂々と『軍艦で深海棲艦を倒す』と言ってのけたそうじゃありませんか」
君嶋「まぁ……勢いというやつで」
君嶋「折角だから、思いの丈を全部ぶちまけてやろうと思ったのだ」
君嶋「尤も、そのせいで皆に悪いことをしてしまったけどな」
君嶋「俺の話が無ければ、中佐が暴走することもなかった」
大門「偶にはそういうのも良いですよ」
大門「納期遅れや無茶な注文ぐらいでしか騒ぎが起こらない基地なので」
大門「それぐらいは良い清涼剤です」
君嶋「……そう言って貰えると助かる」
日下部「それで……大門兵長」
日下部「宗方兵曹長は居ないんですか?」
日下部「自分たち、あの人の伝言でここに来たんすけど」
大門「ん? 技術部長に」
大門「そんな話は聞いてないが」
「ああ、当然だ」
「誰にも話してないからな」
君嶋「貴方は……」
「ここの技術主任をしてる、宗方だ」
君嶋「君嶋特務少尉です」
君嶋「よろしくお願いします」
宗方「……噂通りの若さだな」
宗方「それでオオカミ少年とは」
宗方「新海軍に帰れなくなるぞ」
君嶋「何を……言っているのでしょうか?」
宗方「分からないか?」
宗方「こんなところでホラを吹いてちゃ」
宗方「出世コースにゃ戻れないって言ってるんだ」
大門「兵曹長、一体何を……」
宗方「悪いがこいつと俺の話だ」
宗方「少し黙っていてくれ」
大門「しかし……」
君嶋「大丈夫だ、大門兵長」
君嶋「この人の言う通りにしてくれ」
大門「……分かりました」
君嶋「それで、宗方兵曹長」
君嶋「貴方にひとつ言いたいことがあります」
宗方「なんだ?」
宗方「反論でもあるしてくれるのか」
君嶋「初対面で、そんな言い方をされる謂れはありませんが」
君嶋「回りくどい言い方はよして下さい」
君嶋「文句があるなら、ハッキリ言ってください」
宗方「ハンッ……そういうことかい」
宗方「じゃあ、言わせてもらおうか」
君嶋「ええ、どうぞ」
宗方「俺はお前が気に食わない」
宗方「今日はそいつをはっきりさせるために呼び出したんだ」
宗方「若造のくせして、出来もしない大口を叩く」
宗方「現場を知りもしないで、無茶な宣言をする」
宗方「若い奴らはほだされてるかも知れないが、俺は違う」
宗方「正直に言って、目障りだ」
君嶋「目障り……ですか」
宗方「ああ、そうさ」
日下部「待ってください、兵曹長」
日下部「自分に……言いたいことがあります」
宗方「ほう……日下部一等か」
宗方「俺に何を言いたいことがあるんだ?」
日下部「兵曹長が何を思っているのかは分かりませんが」
日下部「少尉の事を知りもしないで悪口を言うのは間違っています」
日下部「気に食わないと言うなら、その行動を見てから批判するべきです」
宗方「まだ、赴任して一週間も経ってない」
宗方「そんな奴にどうして肩入れできる?」
日下部「確かに、まだ日は浅いですけど」
日下部「この人の行動を直ぐ近くで見てました」
日下部「新海軍の上官に本気で掴みかかったり、鎮守府の提督に直訴しに行ったり」
日下部「普通じゃ到底できないことをやってくれました」
日下部「だから、自分は少尉に協力したいと思います」
日下部「何と言っても、この人のお付きを任された身ですから」
宗方「……もう少し利口になれ、日下部一等」
宗方「そんなのは、どうせタダのパフォーマンスだ」
宗方「あと数ヶ月もすれば何事もなかったかのように新海軍へ逃げ出すさ」
宗方「俺はコイツみたいに大口を叩く奴を何人も見てきた」
宗方「海軍復権だがなんだが知らないが、結局誰も何も変えられはしなかった」
宗方「こいつが違うなんて保証はどこにある?」
日下部「それは……」
宗方「言えないだろ?」
宗方「つまりは……」
君嶋「宗方兵曹長!」
宗方「お前が何を言っても無駄だ」
宗方「今のお前じゃ」
宗方「ホラの上塗りにしかならないからな」
君嶋「確かに、今の自分には何も言えません」
君嶋「ここで何かを言ったところで」
君嶋「兵曹長を納得させることは出来ないでしょう」
宗方「だったら……」
君嶋「しかし、彼の覚悟を否定するのは許さない」
君嶋「貴方の言う通り、口先だけと言われても仕方ない」
君嶋「実績のない者に賛同できないのは当然だ」
君嶋「だが、それでも日下部は協力してくれると言いました」
君嶋「こんな俺でも信用して、俺に付いて来る覚悟を決めてくれました」
君嶋「だから、貴方がこいつの覚悟を否定すると言うなら」
君嶋「何度でも自分は反論します」
宗方「そうは言ってもな」
宗方「所詮はオオカミ少年がオオカミが居ると叫んでることに変わりはない」
宗方「お前が何も出来なきゃ、それで終わりだ」
君嶋「貴方に何を言われようが、自分の決心は揺らがない」
君嶋「軍人たちの手で深海棲艦を打倒する」
君嶋「それが俺がここへ来た使命」
君嶋「少なくとも、そう思っています」
宗方「口でなら何とでも言える」
宗方「まぁ……せいぜい頑張るんだな」
宗方「どうせ、ここは通過点なんだろうが」
君嶋「そうです……通過点ですよ」
君嶋「自分の目標も、何もかも」
君嶋「目指すべきものは、まだ雲の上の話です」
宗方「……おい」
大門「はい? 何でしょう」
宗方「俺は作業に戻る」
宗方「お前は、そいつにここの現状を見せてやれ」
大門「は、はい! 了解しました」
宗方「じゃあな……君嶋特務少尉殿」
君嶋「宗方兵曹長か……」
君嶋「随分と嫌われたようだな」
大門「済みません、君嶋少尉」
大門「どうも復権派的な考えが気に食わないらしくて」
大門「前も、何度か突っかかってたことがあったんです」
日下部「本当ですか? 兵長」
日下部「自分、初耳だったんすけど」
大門「ここまで露骨な態度を見たのは初めてで」
大門「普段は部内の連中に愚痴る程度で収まっていたんだが」
大門「それが、まさか……自分から少尉を呼んで物申すとは」
君嶋「終わってしまったのは仕方がない」
君嶋「それより、大門兵長」
君嶋「兵曹長が最後に言っていたことは?」
大門「あれは、多分……」
大門「ここを見せて回れという意味だと思います」
大門「呼び出した以上は見学ぐらいはさせろ、ということですね?」
日下部「そういえば、元々は見学のつもりで来たんでしたっけ」
日下部「今更って感じもしますけど」
日下部「見学しますか?」
君嶋「もちろんだ」
君嶋「こんなところで引き下がっても何もないしな」
大門「分かりました」
大門「見るものがあるかは微妙なところですが」
大門「取りあえず、私に付いてきてください」
<防衛隊基地 ドック>
大門「さて、最後になりましたが」
大門「ここが……」
君嶋「船渠だな」
大門「流石に分かりますか」
大門「まぁ、見たまんまですからね」
君嶋「しかし、見たところ……」
君嶋「随分と閑散としているが」
君嶋「本当にここを使っているのか?」
大門「正直なところ、あまり使っていないというのが実状ですね」
大門「元々は造船用のドックなんですが、今は補修用としてしか使っていません」
大門「それも殆どは数年に一度の定期検査だけで」
大門「余程の事でもない限りはあまり使われません」
日下部「少尉が来るちょっと前に、久々の全船検査が終わっちゃったんで」
日下部「次にドックが使われるのはしばらく先っす」
大門「そうですね」
大門「大規模な改修や新造艦を作るなんて話が出ない限りは」
大門「次にここが使われるのは半年ぐらい先です」
君嶋「半年……」
君嶋「随分と間が空くな」
君嶋「そんなに船が少ないのか?」
大門「多いか少ないかで聞かれたら、余所よりは多いですが」
大門「それでも、配備されている艦は4隻」
大門「実際に稼働しているのは3隻といったところですね」
君嶋「残りの1隻は?」
君嶋「鎮守府の方にでも回しているのか」
大門「この近くの埠頭に繋がれたままですよ」
大門「一応使えなくもないんですが、かなりのパーツが製造中止になってしまって」
大門「壊れると修繕がかなり面倒くさいことになるので、使われていないんです」
大門「どうにかしたいとは思っているのですが」
大門「廃棄や解体にも費用が掛かって、どうしようもなく放置されているという状況です」
君嶋(……時代は変わったな)
君嶋(戦時中はどこも船渠が足りないぐらいだったらしいが)
君嶋(そいつがこうなるとは)
日下部「でも、整備してることはしてるんで」
日下部「一応は、動くには動くんすよね?」
大門「動く……と言っても、本当に動くだけだ」
大門「機関部の図面が紛失しているような代物だし」
大門「うちの軍艦マニアが気まぐれに整備してるに過ぎないからな」
君嶋「軍艦マニア?」
君嶋「何だ、それは」
大門「一種の愛好家みたいなものです」
大門「ウチも技術屋なので、大なり小なりマニア気質なんですが」
大門「どこにも一部には極端な者が居るので」
大門「アレぐらい古い方が想像を掻き立てられて良い、などと言う隊員が居まして」
大門「まぁ……基本的には害は無いので、宗方兵曹長も見て見ぬふりをしてますが」
君嶋「マニアねぇ……」
君嶋「どうも、他にも種類がある言い方だな」
日下部「種類って言ったら、難ですけど」
日下部「兵科のウチにもいますよ」
日下部「マニアというか……オタク気質の奴が」
君嶋「オタク?」
日下部「えーっと、マニアの亜種みたいなもんです」
日下部「特に、ある年代の女子を対象にして……」
日下部「まぁ……とにかく、似たようなもんっすよ」
君嶋「よく分からないが」
君嶋「女子と言えば……」
君嶋「例えば、鎮守府の艦娘のその対象になるのか?」
日下部「と、いうより大抵が彼女たち狙いっす」
日下部「理解者が多いって訳じゃないっすけど」
日下部「どこにでも、一定人数はそういうのが居るって話です」
君嶋「そうか……そんな奴らが」
君嶋「そのうち会う機会もあるかもしれないな」
大門「それでは、そろそろ戻りましょうか」
大門「これ以上は何もありませんし」
大門「外で立ち話も難でしょう」
君嶋「そうだな」
-1週間後-
<防衛隊基地 士官執務室>
日下部「少尉が来てから今日で2週間ぐらいですね」
日下部「どうです? 少しは慣れましたか」
君嶋「……大体はな」
君嶋「正直、まだまだ慣れないところは沢山あるが」
君嶋「初日よりは、この部屋も見慣れたな」
日下部「それは良かったっす」
日下部「慣れないままだと心労も溜まりますもんね」
君嶋(それでも、軍艦の中よりはだいぶマシだけどな)
君嶋(あのタコ部屋と比べたら、ここは楽園だ)
日下部「ま、少尉の生活如何はともかく」
日下部「そろそろ勧誘活動もやらないとマズイくないっすか?」
君嶋「……そうだな」
君嶋「歓迎会で大見得切ったはいいが」
君嶋「現状としては、あまりよくない」
君嶋「むしろ悪い方だ」
日下部「何人かはそれなりに考えてるって返事は貰えましたけど……」
日下部「これだけじゃ船を動かすなんて到底無理っす」
日下部「せいぜい手漕ぎボートが何艘か漕ぎ出せるかってぐらいっす」
君嶋「当然だが、そんな舟で勝てるはずもない」
君嶋「良くて港の漂着物……」
君嶋「最悪、海の藻屑というところか」
君嶋「……もっと頭数を増やさなければならないな」
日下部「そうは言っても難しいですよ?」
日下部「兵科は野田みたいに疑心暗鬼になってる奴やそもそも興味がないってのが多くて」
日下部「全体的に少尉の意見に消極的っす」
日下部「逆に技術部の方は、大門兵長みたいに好意的な人も居ますけど」
日下部「肝心の宗方兵曹長があの態度なんで……」
日下部「やっぱり、協力してくれる人は少ないです」
君嶋「……思ったよりも面倒な状況だな」
君嶋「兵科は個人単位でそれぞれ反感を持っていて」
君嶋「技術部は技術部長が強く反対している」
君嶋「どうしたものか」
日下部「やっぱり、地道に説得していく以外にないですね」
日下部「実際に船に乗って、深海棲艦を撃退できれば早いんですけど」
日下部「それには最低限、船を動かせる人員が必要なわけで」
日下部「兵科の連中を無視できないっす」
君嶋「と、いうことは……」
君嶋「まずは兵科の一般兵の勧誘を中心にするか」
君嶋「実際に船が動かせる人間が居ないとなると」
君嶋「どんなに人を集めても無駄だからな」
日下部「それはいい考えだと思うんですけど」
日下部「……どうするんです?」
日下部「野田の奴は話を聞いてくれそうにないし」
日下部「協力してくれそうな奴には、一通りは話をしましたよ?」
君嶋「とにかく探すしかないな」
君嶋「兵科の人間で俺達に反感を持っていない者」
君嶋「もしくは、この話に興味がありそうな者」
君嶋「自分の足で歩いて説得してまわるしかない」
日下部「それ……滅茶苦茶大変ですよ」
日下部「ここも基地ですから、それなりの敷地を持ってますし」
日下部「兵科は大抵自分の時間で動いてますから、誰が何処にいるかなんて確証はないです」
君嶋「それでも、やるしかない」
君嶋「もっと大変なことをやらかそうとしているんだ」
君嶋「これぐらいで弱音を吐いていたら始まらないぞ?」
日下部「そりゃあ……そうですけど」
君嶋「ほら、行くぞ」
君嶋「まだここの地図が頭に入っていないんだ」
君嶋「お前が来ないと、勧誘にもならん」
日下部「……了解っす」
<防衛隊基地 運動場>
君嶋「ここは?」
君嶋「他の施設と比べると妙に新しいが」
日下部「運動場です」
日下部「防衛隊が出来たときに作られた施設なんで」
日下部「この基地では一番新しい場所っす」
君嶋「運動場、というと……訓練用の施設か?」
日下部「そうですね」
日下部「訓練のために鎮守府を真似て作った場所みたいっす」
日下部「体力作りは兵隊の基本ですから」
君嶋「確かに走ってるのや鍛えてるのが何人かいるな」
君嶋「ただ、あまり多くは居ないようだが……」
日下部「こんな待遇ですからね」
日下部「毎日毎日、トレーニングに励んでるのは少数」
日下部「……取りあえず外に出てるって連中も少なくないんすよ」
日下部「兵科は宗方兵曹長みたいに取り仕切ってくれる上官が居るわけでもないんで」
日下部「自分たちの裁量で動く人間が多いんです」
君嶋「お前もその1人か?」
日下部「自分は違いますよ」
日下部「ちゃんと工場長から命令を受けてます」
日下部「君嶋少尉の任務を補佐せよって」
日下部「そんな趣味で付き合ってるみたいなことを言わないでください」
君嶋「それは悪かったな」
君嶋「じゃあ、片っ端からあたってみるか」
君嶋「ん? あれは……」
日下部「どうかしたっすか?」
「今日は?」
「僕の方はこれぐらいだな」
「オレは……こいつだ」
「おおっ! 凄いな」
「狙ってたけど、撮れなかったんだ」
君嶋「訓練してる」
君嶋「……訳じゃないみたいだな」
君嶋「何をしてるんだ?」
日下部「げっ、アイツら」
君嶋「知り合いか?」
日下部「そりゃあ……」
日下部「あの2人も兵科の一員っすから」
日下部「顔ぐらいは知ってますよ」
君嶋「ほう……兵科の人間か」
君嶋「だったら、話が早い」
君嶋「行くぞ」
日下部「……本気っすか?」
日下部「アイツら、ウチの科の中でもトップクラスの変わり種ですよ」
君嶋「それを言うなら」
君嶋「俺達なんか、帝国海軍の鼻つまみ者だ」
君嶋「ただでさえ厳しい目標なんだ」
君嶋「贅沢なんか言っていられないだろ?」
日下部「いや、そうかもしれませんけど……」
君嶋「じゃあ、行くぞ」
日下部「あっ、ちょっと!」
日下部「待ってくださいって」
「この角度……たまらないね」
「流石は稀代の天才写真家だ」
「そっちこそ、この構図」
「彼女たちの行動パターンを把握していなくちゃできない」
「待ち伏せの鬼と言われるだけはある」
君嶋「何が『待ち伏せの鬼』だ?」
「えっ……」
「な、なんだよ」
君嶋「ああ、邪魔して悪かった」
君嶋「ちょっと気になってな」
「だ、誰だよ……アンタ」
「オレたちは何もしてないぞ!」
日下部「何もしてないって……」
日下部「思いっきり、写真の品評会を開いてただろ」
「日下部!? お前……」
「どうして、こんなとこに」
「上からきた少尉はどうしたんだよ」
日下部「だから、一緒に居るだろ?」
日下部「この人が噂の君嶋特務少尉だ」
日下部「まぁ……お前達の事だから、知らなかったかも知れないけどな」
「い、いや……」
「……そんなことはない」
日下部「紹介するっす」
日下部「こっちのメガネをかけてる方が一之瀬」
日下部「もう1人のカメラをぶら下げてるのが仙田」
日下部「2人とも、自分と同じ一等水兵です」
一之瀬「……一之瀬伸一です」
仙田「仙田史郎です」
君嶋「君嶋大悟特務少尉だ」
君嶋「よろしく頼む」
仙田「……はい」
一之瀬「お願い、します」
君嶋「それで、何をしてたんだ?」
一之瀬「それは……」
仙田「あなたには関係ない」
君嶋「そうは言ってもな」
君嶋「俺の任務にはこの基地の管理も入っている」
君嶋「一般兵が何をしているのかぐらい聞いてもいいだろう?」
一之瀬「…」
仙田「…っ」
日下部「それなら自分から説明しますよ」
日下部「こいつらは……」
君嶋「いや、直接話を聞きたい」
日下部「でも、そんなこと言ったって」
君嶋「いいから」
君嶋「ここは俺の好きなようにやらせてくれ」
日下部「……分かりました」
日下部「余計な口出しはしないっす」
君嶋「済まないな」
君嶋「それで……お前達」
君嶋「何をしてたのか話してくれるか?」
一之瀬「それは……」
仙田「断る」
君嶋「何故?」
仙田「言ったらどうせ、止めさせられる」
仙田「オレたちの口から自白させて」
仙田「それを証拠にするんだろ」
一之瀬「お、おい」
君嶋「一体、何のことを言ってる」
仙田「とぼけたって無駄だ」
仙田「オレには分かってる」
仙田「新海軍の人間なら、こう言うに決まってる」
仙田「『お前のやっていることは情報漏洩だ、それなりの処罰は受けてもらう』ってな」
君嶋(よく分からんが、随分と敵視されているな)
君嶋(直接何をしていたのかを聞くのは得策ではないらしい)
君嶋(……別の方面から揺さぶってみるか)
一之瀬「やめろよ、仙田」
一之瀬「それ以上はマズイって」
仙田「じゃあ、話すのかよ」
仙田「お前だって捕まりたくないだろ」
一之瀬「でも……」
仙田「だったら、黙っていろ」
仙田「こうするしかないんだから」
君嶋「ところで、2人とも」
君嶋「……これは何なんだ?」
一之瀬「あっ、それは……」
仙田「……アンタには関係ない」
君嶋「悪いが地面に置いてあったのを拾わせてもらった」
君嶋「見たところ、写真みたいだが……」
仙田「そんなのどうでもいい」
仙田「いいから、返せ」
君嶋「直ぐに返すさ」
君嶋「幾つか質問に答えてくれればな」
仙田「どこで撮ったか聞くつもりか?」
仙田「だったら、聞いても無駄だぞ」
仙田「オレは何も喋らないからな」
一之瀬「そんなこと言っても、仙田」
一之瀬「相手は新海軍の士官なんだぞ?」
一之瀬「ここで答えなきゃマズイって」
仙田「そんなのは脅しだ」
仙田「オレたちが認めなきゃ何もできない」
仙田「ここで話したら、それこそ終わりだ」
君嶋「別にお前達をどうこうしようという訳じゃない」
君嶋「純粋にこの写真について聞いたみたいだけだ」
君嶋「風変わりな格好をしている女子が映っているが……これは?」
仙田「なっ……」
一之瀬「分からない、んですか?」
君嶋「おかしな事を聞くな」
君嶋「分からないから質問しているんだ」
君嶋「知ってることを聞いても意味がないだろ」
仙田「そんな、嘘だ」
仙田「それは艦娘の写真だぞ!」
仙田「新海軍の少尉が知らないなんて」
仙田「そんなことあるもんか」
一之瀬「お、おい!」
一之瀬「仙田……」
君嶋「そうか……これも彼女たちの一員か」
君嶋「言われてみれば、この服装」
君嶋「鎮守府にも似たような格好の女子が居たな」
君嶋「だが、お前達」
君嶋「こんな写真を撮って……」
仙田「…っ、クソッ!」ダダッ
一之瀬「仙田!?」
日下部「おい! 待てって」
一之瀬「えっと……その」
一之瀬「すみません!」
一之瀬「自分もこれで」
君嶋「……逃げられてしまったな」
日下部「まぁ、妥当な結果ですよ」
日下部「元から人付き合いがいい奴らじゃないんで、こうなってもおかしくはないっす」
日下部「それに……少尉も少し強引過ぎたんじゃないですか?」
君嶋「なかなかに冷静な判断だな」
君嶋「耳が痛くなってくる」
日下部「それで、その写真はどうします?」
日下部「そんなの持ってるのがバレたら、色々面倒くさいっすよ」
日下部「少尉もアイツと同類に見られるかもしれませんし」
君嶋「同類?」
日下部「ほら、前に話題に上ったじゃないですか」
日下部「兵科にオタク気質の奴が居るって」
君嶋「ああ、そういえばあったな」
君嶋「……彼らがそうなのか?」
日下部「ええ、まぁ……」
日下部「鎮守府の艦娘たちを追ってるみたいで」
日下部「ああして2人で隠し撮りした写真を見せ合ったりして」
日下部「情報交換会をしてるみたいっす」
日下部「下手すると軍紀に触れる趣味なんで、周りの連中は関わろうとしないんですけどね」
君嶋「それで妙に警戒されていたのか」
君嶋「口を割るために任務の事を口にしたが」
君嶋「逆効果になってしまったか」
日下部「いや、そうとも言えないっすよ」
日下部「趣味が趣味なんで、新海軍の軍人を嫌ってるみたいですから」
日下部「どっちみち、少尉の立場だとまともに取り合ってくれなかったんじゃないっすかね」
君嶋「相手が悪かったと言うことか」
日下部「けど、芽が無いってわけでもないです」
日下部「色々と目を瞑りたい部分はありますけど、基本的には艦娘第一な思考なんで」
日下部「今の体制については、ある意味で少尉と同じ意見だと思います」
日下部「まぁ……どこまで賛成かって聞かれたら微妙ですけど」
君嶋「辛辣な割には随分と詳しいな」
君嶋「彼らと仲がいいのか?」
日下部「仲がいいって訳じゃないですけど」
日下部「あれでも数少ない兵科の同僚ですから」
日下部「普通にしてれば、情報は入ってくるっす」
君嶋「そうか」
日下部「でも、少尉……本当にアイツらを仲間に引き込むつもりですか?」
日下部「確かに野田みたいに変な嫌疑は持ってないみたいですけど」
日下部「相手はかなりの変わり種っすよ」
日下部「引き込むにはそれなりの覚悟がいるかと……」
君嶋「それでも、今の俺達は1人でも仲間が欲しい」
君嶋「実際に船を動かせる兵科となればなおさらだ」
日下部「でも、それなら」
君嶋「他の人間をあたっても結果は同じかもしれない」
君嶋「だが、この写真を見てみろ」
日下部「アイツらが撮った写真っすか?」
日下部「どうも、普通の写真にしか見えないっすけど」
君嶋「ああ、そうさ」
君嶋「何て事の無い風景に女子が映っている」
君嶋「これと言って特に面白味もない、ただの写真だ」
君嶋「だが、この娘が艦娘という海軍の生体兵器で」
君嶋「背景にあるのは帝都防衛の要衝、横須賀鎮守府」
君嶋「この意味が分かるか?」
日下部「いや、自分にはさっぱり……」
君嶋「写真でも絵画でも、人の手掛けた作品にはその作者の想いがこもると聞く」
君嶋「だから、この鎮守府の前で屈託のない顔で笑う少女」
君嶋「それが彼らの求めている物のひとつなのだと俺は思う」
日下部「そう……ですかね?」
君嶋「まぁ、俺の勝手な思い込みかも知れないが」
君嶋「どんな思いを抱いていようとも、彼らも軍人で、同じ男だ」
君嶋「俺が思ったように、彼らもきっと彼女たちを……艦娘を守ってやりたいと思っているはずだと信じている」
君嶋「だから俺は、あの2人を仲間に引き入れる」
君嶋「作戦が軌道に乗れば、今よりずっと彼女たちに近づけるんだ」
君嶋「奴らにとっても悪くない条件だろう」
日下部「それで乗ってくるかは分かりませんけど」
日下部「面白味が無いなんて言うと怒られますよ」
日下部「あの2人、自分の写真に妙な自信を持ってますから」
君嶋「注意しておこう」
君嶋「変に怒らせて、耳を貸してくれなくなると困るしな」
君嶋「当然だが、他言は無用だぞ?」
日下部「心配しないでも大丈夫です」
日下部「言いふらしたりしませんって」
君嶋「ああ、信用しておく」
日下部「それより……そろそろいい時間です」
日下部「今日は戻りましょう」
-数日後-
<防衛隊基地 食堂>
仙田「……味気ない」
仙田「そこの塩を取ってくれ」
一之瀬「もう三度目だぞ」
一之瀬「いい加減にかけ過ぎじゃないか?」
仙田「いいから」
一之瀬「……分かった」
仙田「悪いな」
一之瀬「なぁ……仙田」
一之瀬「やっぱり、謝った方がいいと思う」
一之瀬「逃げたままなのはマズイって」
仙田「今更謝ったって同じだ」
仙田「どうせ、今頃は報告書にもまとめられてる」
一之瀬「だったら尚の事」
一之瀬「クビになったらどうするんだよ」
仙田「なら、お前だけ行って来いよ」
仙田「オレは行かないからな」
一之瀬「やっぱり、お前おかしいって」
一之瀬「何時もだったら、直ぐに謝りに行って終わりにするのに」
一之瀬「……相手があの少尉だからか?」
仙田「そんなのは関係ない」
仙田「オレはしたいようにしてるだけだ」
仙田「アイツがどうだなんて……」
「俺がどうだって?」
仙田「なっ……!」
一之瀬「君嶋少尉!」
一之瀬「どうして、ここに?」
君嶋「どうしたも、何も」
君嶋「腹が減ったから、昼を食べに来ただけだ」
君嶋「何もおかしいことは無い」
君嶋「それとも、俺は食堂に来ちゃいけないのか?」
一之瀬「いえ、そんなことは……」
仙田「……それで、何しに来たんですか?」
仙田「ワザワザこんなことろで食べなくても」
仙田「海軍の少尉さんなら、部屋まで持ってこさせればいいのに」
君嶋「日下部も似たようなことは言っていたが」
君嶋「どうにも落ち着かなくてな」
君嶋「やはり、こうして食堂で食べる方が性に合ってるみたいなんだ」
仙田「だったら、わざわざオレ達のところへ来なくても」
仙田「空いてるテーブルなら他にも沢山ありますよ」
一之瀬「おい、馬鹿」
一之瀬「相手は新海軍の少尉だぞ」
仙田「ふんっ……どうせ処分が下るんだ」
仙田「言いたいこと言って何が悪い」
一之瀬「仙田……!」
君嶋「俺も随分と嫌われたものだな」
君嶋「だが、何度も言っているように」
君嶋「お前達に処分を下そうなんて微塵も考えちゃいないぞ」
君嶋「そもそも、個人の懲罰如何は五十嵐中佐の領分だしな」
仙田「そんな嘘を付かなくてもいいですよ」
仙田「報告が上へ行ったら、上から処分が下る」
仙田「そう言えばいいじゃないですか?」
君嶋「……相当ひねくれた考えをしているな」
君嶋「もう少し素直に受け止めたらどうだ?」
君嶋「処分なんてするつもりは無いと言ってるんだぞ」
仙田「アンタの言うことは信用できない」
仙田「復権派だか何だが知らないが、できもしない大嘘を吐くような人間だ」
仙田「そんな奴の言うことなんか聞けるかよ」
一之瀬「おい、いい加減にしろって!」
一之瀬「本当に処分が下ったらどうするんだよ」
仙田「オレは本当の事を言っただけだ」
仙田「お前も処分が嫌なら黙ってろよ!」
一之瀬「何が本当の事だよ」
一之瀬「人の話を聞きもしないで」
一之瀬「もしかしたら、許してくれるかもしれないじゃないか?」
仙田「……新海軍なんか信用できるか」
仙田「あの娘たちを兵器としか思ってない冷血漢どもだぞ?」
仙田「どうして、そんな奴の口か出たことを信じられる」
一之瀬「でも……!」
仙田「もう知るかッ!」ダダッ
君嶋「逃がした、みたいだな」
君嶋「ここまで意固地になるとは思ってなかった」
君嶋「日下部が止めるだけはあるか」
一之瀬「あのバカ……」
君嶋「お前はいいのか?」
君嶋「あいつを放っておいて」
一之瀬「……いいんですよ」
一之瀬「ああなったら、どうしようもないんですから」
君嶋「そうか」
一之瀬「それより、君嶋少尉」
一之瀬「処分の話なんですが……」
君嶋「ああ、心配するな」
君嶋「端から処分など下すつもりは無い」
君嶋「上官に好き放題言うのは俺だって大して変わらないからな」
君嶋「今日は、忘れ物を届けに来たんだ」
一之瀬「忘れ物?」
君嶋「こいつだ」
一之瀬「仙田の撮った写真……」
一之瀬「どうして、わざわざ」
君嶋「返しそびれたままになっていたからな」
君嶋「元の持ち主に返しておこうと思って」
一之瀬「そうなんですか」
君嶋「芸術はよく分からないが」
君嶋「なかなか良い一枚だと思うぞ」
君嶋「少なくとも、俺は好きだ」
一之瀬「……嘘はついてないみたいですね」
一之瀬「だとしたら、やっぱりアイツは本物です」
君嶋「それは?」
一之瀬「パッと見た写真が良いと言える理由」
一之瀬「少尉には分かりますか?」
君嶋「さぁ……分からないな」
一之瀬「単純な事です」
一之瀬「ただ、その写真が本当に良い作品だからなんです」
一之瀬「……少尉はどう思いましたか? その写真」
君嶋「あまり得意でないから、批評はできないが……」
君嶋「彼女たち自身を撮ろうとしている」
君嶋「そんな気にさせる写真だと思った」
一之瀬「だったら、それを仙田の奴に言ってやって下さい」
一之瀬「そうすれば、アイツも協力してくれるかもしれません」
君嶋「……良いのか? そんな事を言って」
君嶋「後で恨み節を言われるかもしれないぞ」
一之瀬「それを正当に評価してくれる貴方なら信用できます」
一之瀬「周りからは下らないオタク趣味だと散々に言われていますけど」
一之瀬「そんな半端な気持ちじゃ、こんな写真を撮ることは出来ません」
一之瀬「この一枚にも彼女の表情や何気ないしぐさの一瞬にその人格が透けて見える」
一之瀬「個人が持つ特性を判断して、それが最も発揮される瞬間を収めることが出来なければこんな写真は生まれない」
一之瀬「本当に彼女たちの事を想っていなければ、これを撮ることは出来ない」
一之瀬「それが分かると言うなら、貴方も悪い人じゃありません」
君嶋「俺が嘘を付いていることは考えないのか?」
一之瀬「そんな嘘、わざわざ誰も付きませんよ」
一之瀬「皆、オタク野郎が撮った下品な写真だと言いますから」
君嶋「……そうか」
君嶋「だが、お前は?」
一之瀬「自分は、仙田の友人です」
一之瀬「アイツが行くと言うなら、一緒に付いていきます」
一之瀬「1人で行かせるには心配な奴ですから」
君嶋「分かった、恩に着る」
君嶋「それじゃあ、アイツを探してくる」
-数時間後-
<防衛隊基地 埠頭>
仙田「くっ……」
君嶋「とうとう追い詰めたぞ」
君嶋「散々逃げ回られたが、ここなら逃げ場はない」
君嶋「観念するんだな」
仙田「…っ」チラリ
君嶋「止めておけ」
君嶋「海に飛び込んでも風邪を引くだけだぞ」
仙田「クソっ……何なんだよ」
仙田「散々オレを追い回して」
仙田「一体、何するって言うんだよ」
君嶋「ようやく話を聞く気になったか」
君嶋「もう少し早ければ、こんな追いかけっこをしなくても済んだのにな」
仙田「……で、何だよ」
仙田「こんなところまでオレを追い回した理由は」
君嶋「これだ」ペラッ
仙田「しゃ、写真?」
君嶋「ああ、そうだ」
君嶋「こいつを返すために追いかけていた」
仙田「そんな……バカな」
仙田「それだけの為に?」
君嶋「もちろん、そうだ」
君嶋「本当はこんなに時間を食う予定は無かったんだがな」
君嶋「お前が話を聞かないおかげで」
君嶋「基地中を駆け回る羽目になった」
仙田「……ありえない」
仙田「どうしてそんなこと」
君嶋「人の物を預かったままなのは気味が悪いからな」
君嶋「さっさと返しておこうと思っただけだ」
仙田「でも、アンタは新海軍の士官だろ」
仙田「そんな奴がどうして?」
仙田「オレの知ってる奴らは……」
君嶋「お前が何を知っているのかは分からんが」
君嶋「俺はお前に写真を返しに来た」
君嶋「ただ、それだけだ」
仙田「…」
君嶋「それより、ほら」
君嶋「さっさとコイツを引き取ってくれ」
仙田「あ、ああ……」
君嶋「その写真、俺は良いと思うぞ」
君嶋「巧拙はよく分からないが」
君嶋「お前の想いが込められてるのは感じる」
仙田「ハッ……何を」
君嶋「ひっそりと隠れるように撮った日常の風景」
君嶋「何て事の無い背景に映る1人の少女」
君嶋「ここには艦娘も鎮守府も海軍もなく、1人の人間の生きている姿が収めれている」
君嶋「お前が求めているのは、そんな彼女たちの姿なんじゃないのか?」
君嶋「兵器としてでなく、人として生きる彼女たちを……」
君嶋「強いられた戦いから解放され、自由に生きる彼女たちの姿を望んでいるんじゃないのか?」
仙田「そいつは……」
君嶋「もし、そうだとしたら……」
君嶋「それは俺も同じ考えだ」
君嶋「俺達軍人は、彼女たちのような人を守るために戦うはずなんだ」
君嶋「しかし、今の海軍はそんなことをお構いなしに彼女たちを戦場へ立たせている」
君嶋「それがまかり通っているのが今の海軍だ」
仙田「…」
君嶋「だから、俺は深海棲艦と戦う」
君嶋「艦娘ばかりを未知の敵と戦わせるわけにはいかない」
君嶋「俺達の力だけで奴らとやり合うことが出来ると証明して、彼女たちを戦場から退かせる」
君嶋「それが俺の目的だ」
君嶋「そのために、お前の力が必要なんだ」
仙田「アンタ……バカだ」
仙田「それも底抜けのバカだ」
仙田「一日中オレを付け回したあげくにそんなこと言うなんて」
仙田「正直言って、マトモだとは思えない」
君嶋「そうかもな」
君嶋「こんなこと言うために、何時間も鬼ごっこをするなんて」
君嶋「俺はどこかおかしいに違いない」
仙田「でも……アンタの言ってることは正解だ」
仙田「痛いぐらいにオレの本音を突いてくる」
仙田「正直言って、完敗だ」
君嶋「よければ話してくれないか?」
君嶋「本当はお前がどう思っているのか」
仙田「そんな大したことは思ってない」
仙田「思ってたとしても、殆どアンタに言われた」
仙田「ただ……あの娘たちを兵器と呼ばせたくないだけだ」
仙田「泣いたり、笑ったり、悲しんだり……あんな表情が出来る子たちが兵器な訳がない」
仙田「新海軍の連中が物みたい扱うのが許せなかった」
君嶋「そうか……」
仙田「多分、オレは彼女たちに魅せられたんだ」
仙田「普通の生活で見せる笑顔や、ふとした表情……そして、危険を顧みずに戦う高潔な精神に」
仙田「だから、その一枚一枚を記録に残したいとカメラを手に取った」
仙田「でも……同時に、心のどこかでこう思っていた」
仙田「こんな子ばかりに戦わせて、オレ達は何をやってる」
仙田「どうしてオレ達が引きこもっていて、彼女たちが出撃するんだと」
仙田「要するに……考えてることはアンタと一緒だったんだよ」
仙田「だだ、オレには行動は移す勇気なんて無かったってだけだ」
仙田「その心の隙間を埋めるように、彼女たちの日常をファインダーに収めて」
仙田「いつしか基地の連中からも、艦娘に恋慕しているオタクだと言われ始めた」
仙田「一之瀬には悪いが……それも仕方ないとは思った」
仙田「実際に、傍から見れば女子の尻を追っかけている写真オタクだしな」
君嶋「……仙田」
仙田「だけど、彼女たちの写真を撮って満足して」
仙田「いつのころから、そんな自分に心底嫌気がさしてた」
仙田「結局、アンタを邪険に扱ったのは、自己嫌悪の裏返しだったんだよ」
仙田「彼女たちの代わりに戦うと言うアンタに対して、何もできない自分が酷く惨めに見えた」
仙田「オレにできなかったことしている人間に、今の自分を見られたくなかったから」
仙田「だから、アンタと関わらないようにしたんだ」
仙田「そうすることで、何もしない自分を肯定してやり過ごそうとしてた」
君嶋「…」
仙田「ははっ……一体何を話してるんだか」
仙田「一之瀬にもこんな話したことない」
仙田「オレもアンタのバカが移ったみたいだ」
君嶋「悪いな」
君嶋「それについては補償しかねる」
仙田「だったら、アンタに勝手に働いてもらうだけだ」
仙田「話を聞いたからには」
仙田「キッチリ深海棲艦に勝ってもらうぞ」
君嶋「……お前」
仙田「言っておくが、新海軍の連中は嫌いだ」
仙田「アンタだって本当のところは信用できない」
仙田「だが、写真を届けてくれた恩もある」
仙田「どうせ……嫌だと言っても引き返さないんだろ?」
君嶋「脈がありそうだったからな」
君嶋「協力してくれるまで付きまとうつもりだった」
仙田「やっぱりな」
君嶋「そういう訳で、よろしく頼む」
君嶋「仙田一等水兵」
仙田「ふんっ……」
<防衛隊基地 士官執務室>
君嶋(なんだかんだ、ここへ来て一月以上)
君嶋(慣れなかったこの部屋も、すっかり居心地が良くなった)
君嶋(まさか、こんなことになるとは……)
君嶋(昔の自分に言っても、信じてもらえないだろうな)
コン コン コン
君嶋(日下部か?)
君嶋(今日は随分早いが……)
君嶋(まぁ、とにかく入れてやるか)
君嶋「どうぞ」
バタンッ
「失礼します!」
君嶋(……知らない顔が4人)
君嶋(何だ? いきなり)
「君嶋特務少尉とお見受けしますが」
「間違いありませんでしょうか?」
君嶋「確かに……間違いないが」
君嶋「一体、何の用だ?」
「朝早くから申し訳ありません」
「僭越ながら、本日は異動のご挨拶に参りました」
君嶋「異動?」
君嶋「そんな話は聞いていないが」
「五十嵐中佐よりお聞きしていないでしょうか?」
「呉海軍鎮守府の井上、以下3名が君嶋隊の所属となることを」
君嶋「いや……全く聞いていない」
君嶋「そもそも、お前達は何者だ?」
「申し遅れました」
「私は呉海軍鎮守府所属、井上正司上等水兵」
「同じく、大久保正弘一等水兵」
「小林正一朗一等水兵です」
君嶋「そこのお前は?」
「えー……自分は」
「横須賀海軍鎮守府所属、森辰巳上等技術兵です」
君嶋「それで何の用だ?」
君嶋「俺の隊の所属になると言っていたが……」
君嶋「それは、俺が編成する部隊の一員となるという意味か?」
井上「はい、その通りです」
井上「我々3人は貴方の指揮下に入るべく転属を願い出ました」
君嶋「転属……この鎮守府の所属になるのか?」
大久保「近日中に横須賀鎮守府の所属となります」
大久保「本日は、配属前にご挨拶へ伺った次第であります」
君嶋「で、俺の指揮下に入ると言う訳か」
君嶋「しかし……どうして呉からここへ?」
小林「君嶋少尉の噂はかねがね」
小林「横須賀にあの深海棲艦と戦う部隊が編成されると聞きました」
井上「周りの上官や同僚のほとんどは、小馬鹿にしたように言っていましたが」
井上「自分たちは違います」
大久保「少尉の志に共感し、行動を共にしたいと思いました」
大久保「そこで呉の鎮守府へ転属願いを出し」
大久保「遥々この横須賀鎮守府までやってきた次第であります」
君嶋「それは喜ばしい限りだな」
井上「少尉に喜んで頂けるなら、光栄です」
井上「転属願いを出した自分たちも報われます」
君嶋(ここまで直接的に言われるのも、何だか気恥ずかしいが)
君嶋(これが日下部の言っていた同志という訳か)
小林「思えば、入隊してから数年」
小林「兵科に任される仕事は、技術部の補佐や施設整備の名目の掃除が殆ど」
小林「全くといって兵隊の仕事をした実感はありませんでした」
小林「水兵として軍に所属しているのに関わらず、やっているのは雑務ばかり」
小林「ほとほと嫌になっていたところ、少尉の話を聞いたのです」
君嶋「俺の話か……」
君嶋「そんな大層なものでもないだろう」
井上「そんなことはありません」
井上「口先だけが殆どの復権派で、少尉は行動を起こしました」
井上「新海軍の人間と言えども、鎮守府の司令官に直訴など並大抵の覚悟ではできる事ではありません」
君嶋(舞台が整ったのは、室林大佐の力に因るところが大きいのだが)
君嶋(どうやら、全部が俺の手柄みたいに話が伝わっているようだ)
君嶋(まぁ……無理もないか)
君嶋(派手に動いた事には変わらないし、あの人がわざわざ表に出てくるとも思えないからな)
井上「自分たちは少尉の考えに賛同します」
井上「やはり……軍艦あっての海軍」
井上「船乗りが乗った船で敵を倒さねばなりません」
井上「彼女たちが居なくても我々は戦える」
井上「それを見せつけてやりたいのです」
君嶋「そうか……分かった」
君嶋「そこまでの覚悟あるなら十分だ」
君嶋「俺の下についてくれると言うなら、喜んで迎え入れよう」
井上「ありがとうございます!」
君嶋「だが、言いたいことがひとつだけある」
大久保「何でしょうか?」
大久保「自分たちに出来ることなら、何でも」
君嶋「いや、何かをやって欲しいという訳じゃない」
君嶋「ただ……1つだけ勘違いしないで欲しいことがある」
君嶋「俺は艦娘を押しのけて、軍人の力を見せつけたいんじゃない」
君嶋「彼女たちを守るために立ち上がったんだ」
小林「艦娘を守りたい?」
君嶋「彼女たちも、俺たち軍人が守るべき者の1人である」
君嶋「それを証明するために深海棲艦を倒すんだ」
君嶋「だから、敵を倒すが目的じゃない」
君嶋「それだけは分かってくれ」
小林「……分かりました」
小林「その考え、胸に刻み付けておきます」
君嶋「俺からは以上だ」
君嶋「君たちの協力を感謝する」
君嶋「これから、よろしく頼むぞ」
井上&大久保&小林「「「ハッ!」」」」
森「は、はい」
井上「では、失礼します」
大久保「失礼します!」
小林「失礼します!」
ガチャ バタン
君嶋(で、1人残ったわけだが……)
君嶋(こいつは何なんだ?)
君嶋(横須賀所属で、今の3人と知り合いという訳でもないみたいだが)
森「あの……」
君嶋「どうした?」
森「もしかして、どうして自分が居るのか気になってますか?」
君嶋「まぁ、不思議ではあったな」
君嶋「横須賀の技術部所属で、あいつらの知り合いでもなさそうだったから」
君嶋「それについて色々と考えていたところだ」
森「自分は彼らの道案内をしただけです」
森「それで、軍艦の話になって」
森「自分も使われなくなった旧式艦を整備してるって言ったら、ここまで一緒に」
君嶋「旧式艦というと……埠頭に繋がれたままというヤツか?」
森「ええ、まぁ」
森「子供の頃からああいうのが好きだったんで」
森「宗方兵曹長に断って、触らせてもらってるんです」
君嶋(もしかして、こいつが例の軍艦マニアか?)
君嶋「それは、そんなに良いものなのか?」
森「もちろん!」
森「アレをいじる為に働いてるようなものです」
森「自分で動かしたり、整備したりするのも良いですが」
森「長年染みついたオイルの匂いとか、ところどころに付いたサビの色合いだとか」
森「最早、一種の芸術品ですね」
君嶋「……そこまで言い切るのか」
森「ええ、そうです」
森「古臭いタコメーターから、大きく露出している駆動部まで」
森「『そんなもの無駄でしかない』とか、『もっと効率が良くできる』と言う技術者もいますが」
森「そんなことはありません、アレはアレで完成しているんです」
森「あの洗練された機能美が理解できないなんて……」
森「同じ技術者として、悲しい限りです」
君嶋「そ、そうなのか」
森「むしろ僕は思うんです」
森「そういう連中が言う、効率なんて大したことないって」
森「やれ効率がいい、やれ燃費がいい、やれ環境に優しいと言ったって」
森「結局は数字の上の出来事に過ぎないんです」
君嶋(……話がおわらない)
君嶋(これは、不味いかもしれないぞ)
森「よく『技術者は数字で勝負しろ』なんて言われますが」
森「僕はそんなの下らないとおもうんですよ」
森「少尉も、そう思いませんか?」
君嶋「あ、ああ」
君嶋(正直、何を言っているのかまるで分からない)
森「やっぱりそう思いますよね」
森「机の上で議論するより、実際に動かしてみた方が良いに決まってる」
森「確かに、機械は無理に動かせば壊れます」
森「何をするにしても何かしらの制御が必要なのは分かっています」
森「ですが、だからと言って全てを機械にやらせるのは間違っていると思うんです」
森「それが如何に効率が良く、便利であったとしても、最後に動かすのは人間です」
森「その人間が管理する部分が多いモノほど、ツールとしての機械のあるべき姿だとは思いませんか?」
君嶋「いや……それは」
君嶋(後悔先に立たずとは言うが……)
君嶋(何故、こんな話題を振ってしまったんだ)
森「もちろん、僕にもあの船には改善の余地があることぐらい分かります」
森「でも、それはあくまで改善です」
森「周りみたいに駆動制御を全部電気式にしろとは言いません」
森「そもそも最初から機械式制御を想定して設計されたモノを無理に変えていいはずがありません」
森「ここ最近、艦娘関連のオートマ技術を船舶に流用するみたいな話が流行っていますけど」
森「自分はそれにはあまり賛成できませんね」
君嶋(この様子……)
君嶋(どうやら、俺一人では対処できそうにないな)
森「確かに、一見関係ないような技術でも、結びつければ新たな使い方が見つかる事もあります」
森「ですが……このふたつに関しては別です」
森「同じ対深海棲艦でも、明確に違うアプローチを踏んでいるんです」
森「そういう訳で、思想的に相容れない面がかなり多いんです」
森「それを安易に持ち出してもどうこうしたところで上手く行きっこありません」
森「技本が本格的に舶用装備の研究に乗り出したという話は聞いたことがありますが、それも噂にすぎませんし」
森「結局のところ、皆目先のことの囚われて本質が見えていないんだと思います」
森「第一、今の海軍の体制だと、船が活躍する場面が少なすぎるのも大きな問題です」
森「これじゃあ、船舶の技術が遅れても当然と言う訳で」
森「さっきの技術流用の話が持ち上がるわけです」
森「僕が思うには……」
君嶋(……早く来てくれ、日下部)
<防衛隊基地 工場長執務室>
コン コン コン
五十嵐「入って良いぞ」
ガチャッ
君嶋「……失礼します」
五十嵐「おっ、来たか」
五十嵐「急に呼び出して悪かったな」
五十嵐「ちょっと伝えておきたいことがあったんだ」
君嶋「いえ、滅相もありません」
君嶋「むしろ呼ばれて助かったぐらいです」
五十嵐「少し顔色が悪いな」
五十嵐「朝に押しかけてきた連中に生気でも吸われたか?」
君嶋「あの3人の事、知っておられるのですか?」
五十嵐「そりゃあ、俺はここの責任者だからな」
五十嵐「配置転換でやってきた奴らの事ぐらい知ってる」
五十嵐「操船系の人員が居て困ることは無いからな」
五十嵐「軍令部から打診されて、二つ返事で引き入れてやった」
五十嵐「どうして話してくれなったのか、って顔しているな」
五十嵐「まぁ……これについては悪かった」
五十嵐「単に俺の方の手違いだ」
五十嵐「まさか、この時期に直接挨拶に来るなんて想定していなかったからな」
五十嵐「お前に話すのを忘れてた」
君嶋「いえ、大丈夫です」
君嶋「自分としても同志が増えるのは喜ばしいことです」
君嶋「それに……これは彼らが原因ではありませんから」
五十嵐「ん? 違うのか」
五十嵐「じゃあ……何だ」
五十嵐「最近懐柔したって噂の仙田に振りまわされでもしてたのか?」
君嶋「そうではありません」
君嶋「……森の長話に付き合わされたんです」
五十嵐「森と言うと……」
五十嵐「まさか、技術部の森上等技術兵のことか?」
君嶋「ええ……はい」
五十嵐「そりゃあ、災難だったな」
五十嵐「アイツも仙田たちとは違った意味で有名だからな」
五十嵐「あの宗方でさえ、手を焼いている程の軍艦マニアだ」
五十嵐「相当絡まれただろう?」
君嶋「ええ……今回の事で学びました」
君嶋「マニアと呼ばれる人種には口を出すな、と」
君嶋「仙田や一之瀬が避けられていた理由も分かりました」
君嶋「自分は軽く話すだけのつもりでしたが」
君嶋「向こうはその気で無かったようで」
君嶋「一方的に長話を聞かされる羽目になったのです」
五十嵐「ま、愛好家ってのはそういうもんだからな」
五十嵐「俺だって紅茶の茶葉やら淹れ方なら2日は語れるぞ」
五十嵐「良ければ、今からでも話してやろうか?」
君嶋「……遠慮して頂きます」
五十嵐「冗談だ、そう本気にするな」
五十嵐「俺だってそこまで暇じゃない」
君嶋「本当ですか?」
君嶋「冗談には聞こえませんでしたよ」
五十嵐「悪かった、許してくれ」
五十嵐「ここじゃあ、こんな話を出来る相手も限られてくるんでな」
君嶋「分かりました」
君嶋「そういうことにしておきます」
五十嵐「で、話は変わるが……」
五十嵐「そのマニアの話はどうだった?」
五十嵐「何か面白い話でもあったか」
君嶋「マニアが避けられる理由は良く分かりました」
君嶋「ハッキリ言って、2度目は御免です」
君嶋「面白い面白くない以前に、内容が理解できませんでしたから」
五十嵐「……随分と辛辣だな」
五十嵐「そんなんで、良く仙田たちを引き入れようと思ったな」
五十嵐「アイツらも似たようなもんだろう」
君嶋「確かに……あの手の人間と付き合うにはそれなりの覚悟が必要なことが分かりました」
君嶋「ですが、それほどまでに語れるということは」
君嶋「好きなものについて、誰にも負けない情熱を持っていることでもあります」
君嶋「これは誰が何と言おうと捻じ曲げることはできません」
君嶋「だからこそ、目指すものが同じであれば力強い味方になるはずです」
君嶋「まぁ、何より仲間を選り好みできる立場でもないですからね」
五十嵐「言われてみれば、アイツらの情熱は人並み以上だしな」
五十嵐「その点に関して言えば妥協は無いだろう」
五十嵐「それで、森の奴も勧誘してみたのか?」
君嶋「いえ……」
君嶋「気づけば、軍艦の話になってしまったので」
五十嵐「……そんな隙は無かったと」
五十嵐「前途多難だな、それは」
君嶋「それだけ、やりがいがあるというものです」
君嶋「室林大佐から任された以上」
君嶋「誠心誠意やり尽くすつもりであります」
五十嵐「そいつは頼もしい限りだ」
五十嵐「奴のほくそ笑む顔が目に浮かぶ」
君嶋「?」
君嶋「それは、どういう……」
五十嵐「あー、いや……大した意味は無い」
五十嵐「何と言うか、アイツもお前の任務が大変だってのは分かってるからな」
五十嵐「命令を下した本人として、思うところがあるみたいだろうし」
五十嵐「お前がやる気に満ち溢れてるようで安心するだろうな、ってことだ」
君嶋「そうでしたか」
君嶋「では、室林大佐にも宜しくお願いします」
五十嵐「で、話は戻るが」
五十嵐「お前を呼び出した理由についてだ」
君嶋「はい、何でしょうか?」
君嶋「任務の方ならば問題なく進めていると思いますが」
五十嵐「いや、単なる演習の知らせだ」
五十嵐「今度やることになった鎮守府の合同演習について」
五十嵐「ちょっと、伝えておきたいことがあってな」
君嶋「鎮守府の合同演習……」
君嶋「日下部からそれらしいことは聞いていましたが、詳しいことは何も」
君嶋「一体、どこの部隊との演習なんですか?」
五十嵐「佐世保の第二艦隊だか第三艦隊だったか」
五十嵐「とにかく、そこら辺のが来るらしい」
五十嵐「重要拠点の一線級だからな」
五十嵐「それなりに強いみたいだぞ」
君嶋「一線級の相手……」
君嶋「それは、ここの部隊で対応できるのですか?」
君嶋「実動艦が3隻しかないと聞きましたが」
五十嵐「多分、お前が思っているのとは違う」
五十嵐「演習と言っても新海軍の方の演習だ」
五十嵐「鎮守府の新兵器、海軍でいうところの艦娘同士の演習だ」
君嶋「防衛隊は演習をやらないのですか?」
五十嵐「そりゃあ、俺だって出来るならやりたいさ」
五十嵐「だが、予算の関係でな」
五十嵐「合同演習なんてする予算は周ってこない」
五十嵐「出来ても、図上演習やら仮想標的の的あてぐらいだな」
君嶋「しかし、どうして新海軍の演習の話を?」
君嶋「防衛隊が出ないのなら、自分には無関係のように思えるのですが」
五十嵐「いいや、そういう訳にも行かない」
五十嵐「当日の海上封鎖やら周辺警備やらはウチの仕事だからな」
五十嵐「合同演習をするとなると、防衛隊から艦隊が派遣されると言う訳だ」
君嶋(道理でおかしいわけだ)
君嶋(日下部の奴は他人事のように話してたからな)
君嶋(その理由がこれと言う訳か)
五十嵐「それで、お前を呼び出した理由なんだが」
五十嵐「簡単に言えば、お前にも海上封鎖に参加してもらおうってことだ」
五十嵐「軍艦で深海棲艦を倒すにしても」
五十嵐「今の鎮守府の戦力を見ておくに越したころは無いだろ?」
君嶋「…」
五十嵐「どうした?」
五十嵐「もっと喜ぶと思ってたが」
君嶋「いえ、今まで散々と艦娘を戦わせないと言っていましたが」
君嶋「実際にどういう風に戦っているかは考えたことが無かったので」
五十嵐「それなら、良い参考になるだろうな」
五十嵐「美津島先生も目をかけているんだ」
五十嵐「何か掴んでくれよ」
君嶋「はい、ありがとうございます」
五十嵐「俺からはこれだけだな」
五十嵐「後は、話すようなこともないし……」
五十嵐「茶でも飲んでいくか?」
君嶋「また……例のアレですか?」
五十嵐「ああ、そうだ」
五十嵐「ちょうど届いたばかりの茶葉があるんだ」
五十嵐「こいつをブレンドに試してみたくてな」
五十嵐「時間は大丈夫か?」
君嶋「ええ、問題ありません」
君嶋「どうせ仕事は帳面整理が殆どですから」
五十嵐「よし、分かった」
五十嵐「じゃあちょっと待っていてくれ」
五十嵐「直ぐに準備してくる」
君嶋(これも半分習慣になってしまっているが……)
君嶋(こんなので本当に良いのだろうか?)
<防衛隊基地 士官執務室>
君嶋「…」ペラペラペラ
日下部「…」カリカリカリ
君嶋「…」ペラペラペラ
日下部「…」カリカリカリ
君嶋「なぁ……」ペラペラ
日下部「どうかしましたか?」
君嶋「俺達は何をしてるんだ」
日下部「何って、書類整理じゃないですか?」
日下部「指示通りに資料を整理しているんですから」
君嶋「そうは言ってもな」
君嶋「……これが書類の内に入るか?」
日下部「一応写真も付いてるし」
日下部「資料なんじゃないですか、多分」
君嶋「これを見てもか?」
日下部「まぁ、名前と所属ぐらいはどこの資料にもありますよ」
君嶋「なら……こいつは?」
日下部「好きな食べ物に性格、趣味……ですか」
日下部「あっても良いんじゃないですか?」
日下部「女子の機敏は男には分かりにくいですし」
君嶋「そういう問題じゃ無くてな」
君嶋「これはもうアレだ」
君嶋「早い話が、艦娘のブロマイドだろう」
日下部「まぁ、確かに」
日下部「何も知らない人間に見せたらそう言うっすね」
君嶋「全く……どうしてこんな仕事を頼まれて来たんだ」
君嶋「事務仕事と言えば聞こえはいいが」
君嶋「これじゃあ、ただのブロマイド整理じゃないか」
日下部「そんなこと言われても」
日下部「仙田に頼まれたのがこれだから仕方ないじゃないですか」
日下部「アイツらが付けた艦娘のデータ整理とか」
日下部「まさか、こんなことやらされるとは思ってなかったっす」
日下部「理由はどうあれ仲間になったんだから」
日下部「何というか……交友を深めようと思った結果がこれです」
君嶋「あいつらを甘く見ていたという訳か」
日下部「友好の証って感じで渡してきたんすけど」
日下部「こんな量があるとは思ってなかったっす」
日下部「正直、安請け合いは否めないっすね」
君嶋「まぁ……受けてしまったものは仕方ない」
君嶋「黙ってやるしかないな」
君嶋「丁度、艦娘について知るいい機会だ」
君嶋「折角だから教材として使わせてもらおう」
日下部「それはいいですけど」
日下部「……教材になるんすかね? これ」
君嶋「無いよりはマシだろ」
君嶋「それとも、本条大尉や美津島提督にでも聞きに行くか?」
日下部「いや……これで充分っす」
君嶋「だったら、終わりまでやるぞ」
君嶋「これで仙田たちに逃げられた、なんて事になったら」
君嶋「今までの苦労が水の泡だからな」
日下部「そうっすね」
日下部「じゃあ、見終わった書類を片しておきます」
日下部「少尉は……」
コン コン コン コン
君嶋「ん? 来客か」
君嶋「誰かが来るなんて聞いてないが……」
君嶋「また、呉の3人組みたいなのは勘弁してほしいぞ」
日下部「そう言われても、自分にも分からないっす」
日下部「今日の予定に来客は無かったですから」
君嶋「とにかく、無視するわけにも行かない」
君嶋「開けてやれ」
日下部「はい」
ガチャッ
「失礼する」
日下部「あ、貴方は……」
君嶋「……本条大尉」
本条「鎮守府の一件以来だな」
本条「君嶋特務少尉」
君嶋「ええ、こちらこそ」
本条「…」チラッ
日下部「な、何か?」
本条「……相変わらず、お付きが居るみたいだが」
本条「ここの生活にもすっかり馴染んだようだな」
君嶋「お蔭さまで」
君嶋「ようやく、この部屋にも慣れてきました」
君嶋「今では我が家の様です」
本条「なら、そのまま居つかぬようにな」
本条「ここは庭に建てられた東屋も同然」
本条「決して母屋ではない」
君嶋「ですが、風通しはいい」
君嶋「柱が隠れる邸宅とは違って……」
君嶋「腐った柱は直ぐに見つかりますから」
本条「……減らず口を」
本条「その口で美津島提督も誑かしたのか?」
君嶋「そんなことはしていません」
君嶋「自分は自分の思ったことを率直に言ったまでで」
君嶋「それに提督が同意なされただけです」
本条「まぁ、どちらでもいい」
本条「事実として、貴様の言い分が受け入れられたのだ」
本条「私はそれに従わなければならない」
君嶋「それで……本日はどのようなご用件でしょうか?」
君嶋「大尉殿が来るなど聞いておりませんでしたが」
本条「今度の合同演習の挨拶に来た」
本条「その件で、五十嵐中佐との折衝が終わったついでにな」
君嶋「合同演習の挨拶?」
君嶋「話が見えませんが」
本条「中佐殿から聞いていないのか」
本条「今度の演習で、私が貴様らの船に乗り込むと」
君嶋「それは……」
本条「聞かされていないようだな」
本条「仕方がない、説明してやろう」
本条「良く聞いておけ、一度しか言わないからな」
君嶋「はい」
本条「まず、今回の演習は佐世保の第二艦隊と行う」
本条「知っての通り、佐世保は帝国海軍の要衝」
本条「当然、演習相手は海軍きっての精鋭部隊となる」
本条「そうとなれば、演習と言えどもそれなりの規模となる」
本条「旧海軍のように軍艦が2隻、3隻といった話ではないからな」
君嶋「…」
本条「そういう理由で、当日は周辺海域の封鎖と深海棲艦へ最大級の警戒が必須となる」
本条「国家防衛の主翼を担う精鋭同士が実働演習を行うのだ」
本条「もし仮に、その戦力を喪失するようなことあれば」
本条「国の国運に関わる重大事となる」
本条「……ここまではいいな?」
君嶋「ええ、ですが」
君嶋「海上封鎖と周辺警備は防衛隊の仕事の筈です」
君嶋「わざわざ大尉が同乗する理由は無いように感じますが?」
本条「私としても……防衛隊の船など頼りたくはない」
本条「だが、そういう訳にもいかないのだ」
本条「洋上演習を行う以上は、私か美津島提督がその評価を下さねばならない」
本条「そのためには、実際に洋上に赴き、艦娘たちの行動を観察する必要がある」
本条「だから……」
君嶋「防衛隊の船に乗船すると?」
本条「そういうことだ」
本条「美津島提督が出るまでもない以上、私が行くしかない」
本条「貴様の世話になりたくはなかったのだが」
本条「決まりは決まりだ、拒否するわけにはいかない」
君嶋「それは……」
君嶋「どういうことでしょうか?」
本条「そのままの意味だ」
本条「防衛隊など無くとも、今の海軍だけで充分に対処できると思っている」
本条「だから、貴様らの手は借りたくないということだ」
君嶋「しかし、だからと言って」
君嶋「彼女たちに全てを委ねるのはまかり間違っている」
君嶋「大尉殿には、軍人としての矜持は無いのですか?」
本条「貴様こそ、軍人の矜持が何だと言っているが」
本条「それで本当に深海棲艦を倒せると思っているのか?」
本条「在りし日の栄光を見ているだけでは、奴らには勝てない」
本条「そんな夢を見るのは詩人の仕事だ」
本条「軍人の職務は国家を脅かす敵と戦い、臣民を守ること」
本条「それがどんな形であったとしても、その任務を遂行することこそが至上命題だ」
君嶋「それは……そうですが」
君嶋「それでも自分は」
本条「フンッ……これ以上は無駄だな」
本条「この場で話したところで水掛け論だ」
本条「本当にできるかどうか、実際に彼女たちの動きを見て確かめてみるがいい」
君嶋「…」
本条「まぁ、私には無理だと思うがな」
本条「とにかく……今日はこれで失礼する」
本条「当日は私も防衛隊の艦に乗り込み、実質的な指揮を執ることとなる」
本条「感想はその時にでも聞かせてもらおうか」
本条「では、失礼する」
ガチャッ バタン
君嶋「…」
日下部「……大丈夫ですか? 少尉」
君嶋「ああ、大丈夫だ」
君嶋「悪かったな、二度もこんなところを見せて」
日下部「気にしないで良いっすよ」
日下部「むしろ、自分たちじゃ逆らえない相手なんで」
日下部「少尉が反発してくれて嬉しいぐらいです」
君嶋「そうか」
日下部「まぁ、ああは言ってましたけど」
日下部「本条大尉だって演習は失敗させるわけには行かないんで」
日下部「直接どうこうってことは無いと思います」
日下部「ただ……同じ船になったら気まずいっすけどね」
君嶋「そうだな」
君嶋「深く考えても仕方ない」
君嶋「今は、とにかく……作業に戻るか」
日下部「作業って、あのプロマイド整理っすか?」
君嶋「受けた仕事は最後までやる」
君嶋「常識だろ?」
日下部「そりゃあ、そうっすけど」
日下部「あんな話の後じゃ……」
君嶋「なら、この空気のまましばらく黙っているか?」
日下部「そ、それは……」
君嶋「じゃあ、手を動かせ」
君嶋「そうすれば、嫌な気分も忘れるさ」
日下部「はぁ……分かりました」
日下部「やるからにはやりますよ」
日下部「絶対に今日中に終わらせてやるっす」
君嶋「その意気だ」
君嶋「それじゃあ、始めるぞ」
<護衛艦 甲板>
ザバッ サバッ
艇体に打ち付ける波がはじけ、子気味良い音を立てている
波を切って進む船には海風がそよぎ、甲板に立っている自分の顔を撫でていた
「良い風だ」
風に混じった潮の香りを感じながら、久々の船出に想いを馳せる
思えば、体感時間でふた月、実際の時間で数十年は海に出ていなかったことになる
海軍に入隊してから船に乗らない日が無かったことを考えると、何ともおかしな話である
(……懐かしいな)
風で押し進められた波が船体を押し、体が揺さぶられる
船酔いの原因になるそれは訓練生時代から体に覚え込まされたものであり、旧い知り合いにあったような懐かしさを覚える
だが、それは同時に、抑えていたはずの記憶を揺さぶり起こす
(下山田、みんな……)
瞼の裏に焼きついたあの光景が蘇る
滅茶苦茶に破壊された主砲、割れ窓から赤い火を覗かせる艦橋、バラバラに吹き飛ばされた戦友
その光景の1つひとつが、この船の甲板に被って見えた
「アンタは見ないのか?」
突然、隣から声を掛けられる
驚いて顔を上げると、欄干から身を乗り出したままこちらへ首を向ける仙田の姿があった
先ほどのフラッシュバックもあり、とっさに返答を見失ってしまう
「どうしたんだよ? そんな顔して」
そんな姿を不審に思ったのか、仙田にしては珍しく心配そうな声を掛けてきた
「いや……何でもない」
「ちょっと考え事をしていただけだ」
しかし、それに無難な理由を付けて何でもない事のように取り繕う
思いがけず心の中を見透かされたような気がしてドキリとしたが、それを悟られる訳には行かない
室林大佐の話にも合った通り、簡単に自分の過去を知られる訳には行かないのだ
「良いのか? そんなんで」
「あんなに近くにあの娘たちが居るのに」
「こんなチャンス、滅多にないんだぞ」
味気ない返答に興味を失くしたのか、仙田は別の話題を振ってくる
何時もなら一緒に居る一之瀬が相手を引き受けてくれるのだが、生憎と今日は居ない
配置の都合で自分たちとは別の艦になってしまっていた
同じく、砲撃主の日下部も旗艦の砲塔付きとなったため、この船には乗船していない
今日ばかりは、こいつの話し相手は自分が引き受けるしかなさそうだ
「そうは言ってもな……」
そんなことを頭の隅で考えながら、仙田への返答に言葉を濁す
正直に言って、彼女たちの戦いを見てもピンとこなかった
演習の始まりと同時に甲板へ赴き、その戦いぶりを目に焼き付けようと勇んでいたのだが、
それは想像していたよりもずっと不思議で、自分の知っている海戦とは似ても似つかないものだった
「演習と言うよりは、踊りを見ている気分だ」
仙田に向けていた視線を上げて、洋上で演習をしている艦娘たちに目を向ける
水上を舞い、肩や腰に備え付けた武装で攻撃を浴びせるのが目に入った
明確な意思を持って互いを攻撃しているはずなのに、傍目からはとてもそうは見えない
甲板から見る彼女たちは、正しく踊りを踊っているようだった
「アンタも面白いこと言うよな」
「演習を指さして、踊りだなんて」
「新海軍の少尉がそれでいいのかよ」
「いや……」
仙田の軽口に一瞬ヒヤッとする
今の発言は、現代の海軍士官なら普通は出てこない発言だ
感傷に浸ってボロが出やすくなっている自分を再確認し、気を引き締める
「それより……演習はどっちが勝ってるんだ?」
「ボーっとしていて見てなかったんだ」
動揺を悟られないように注意して、別の話題へ話を逸らすように仕向ける
「……そうだな」
「接戦だけど横須賀の方が勝ってる」
「ほら、戦闘不能になった娘も少ないしな」
自分に向けていた視線を戻して、仙田が答える
その指さす方には、戦列を離れて静止している艦娘の姿があった
「そうか……」
「だが、彼女たちの被弾の処理はどうやっているんだ?」
「これでは戦闘不能かそうでないかぐらいしか見分けられないぞ」
「ああ、それなら……」
「彼女たちの装備が処理しているんです」
仙田が質問に答えよう口を開く
しかし、彼が始めるよりも早く、その先の説明を背後からの声が奪ってしまう
2人して声のした方向に振り向くと、キッチリと軍服を着こんだ野田の姿があった
「お前……」
野田の姿を確認した仙田が文句を言おうと一歩踏み出す
しかし、野田はそれを一瞥しただけで特に返答もせず、
「あそこには特殊な弾頭が仕込んであって」
「一定のダメージを受けたら、装備の方が勝手に使用不可になるんです」
こちらへ向き直って説明を続ける
仙田は明らかに不愉快な顔をしているが、それとこれとは話が別だ
特に何も言わずに野田の話へ耳を傾けた
「一応、傍目からも分かるようになっています」
「破損状況によって色の違う旗を掲げると定められているので」
「まぁ……ここからでは双眼鏡でも使わないと見えないかもしれませんが」
話を終えた野田は軽く顎を上げると海の方を眺める
確かに戦列から離れた者は白い旗を上げてたな、と1人で納得していると
「……なんだよ、人の話を遮って」
「お前は艦橋付近の警備担当じゃないのかよ?」
隣から不機嫌な仙田の声が聞こえてくる
話を遮られたのがよっぽど癪だったのか、言外に『消えろ』と言っているのが丸分かりだった
「別に、ここに長居はするつもりは無い」
「少尉に話があって来ただけだ」
「すぐに持ち場に戻る」
だが、野田も野田で、そんなことなど知らないといった風に自分の要件を話して終わる
知ってか知らずか、仙田の言い分が無視されるという形になった
相手をするだけ無駄だと気付いたのか、舌打ちをした仙田はそっぽを向いて観戦へと戻っていった
「それで、何の用だ? 野田」
「ワザワザここまで来たってことは」
「それなりに重要な事なんだろう」
野田と2人になったところで要件を尋ねる
この男の性格からして、わざわざ茶化すために持ち場を離れることは無いはずだ
「ブリッジからの伝言です」
「他に手が空いている者が居なかったので、自分が来ました」
案の定、思った通りだった
艦橋から自分宛ての伝言があり、それを野田が言付かったらしい
「伝言? 誰からだ」
「……本条大尉は別の艦に乗船していたはずだが」
先日のやり取りを思い出し、自分を呼び出しそうな上官の名前を出す
しかし、今日の演習では別の艦に乗っており、直接呼び出すことはできないはずだ
ならば無線か何かで説教でも垂れるのだろうか、と邪推をするが
「違います」
「呉から来た新入りから」
「ブリッジの様子を見に来ませんか、だそうです」
次の野田の言葉によって否定される
どうやら、艦橋で操船を行っている井上達が自分を誘っているらしい
船に乗って戦いが為に呉からやってきた連中だ
自分を囲んで、実戦の話でもしたいところなのだろうか
「しかし、良いのか?」
「演習の警備とはいえ、作戦行動中の船の艦橋だぞ」
こんな伝言を頼む時点で恐らく大丈夫だとは思うが、一応確認を入れておく
当然だが、一般の兵卒は艦橋に配置されでもしない限り、無断で侵入などできない
今は海軍の中でも上位組織の士官ではあるが、そればかりはなあなあに済ませるわけには行かない
「……問題ありませんよ」
「少尉の立場なら、ブリッジの出入りは許されます」
「それに、ウチはただの海上警備隊です」
「戦闘行動を取ることも無いので、無用な心配ですよ」
その問いかけに対して、抑揚のない野田の返事が返ってくる
淡々とした答えではあるが、節々に落胆ような印象も受ける
特に最後の言葉は、ある種の諦観にも近いものを感じだ
日下部の話していた通り、野田が今の防衛隊の実状に満足できていないのは明らかなようだ
「それで、どうしますか?」
「行かないのであれば、自分の方から伝えておきますが」
「そうだな……」
艦橋からの誘いに頭を悩ませる
士官としてどういう顔をして艦橋に居ればいいのか、あいつらと付き合って気力が持つのか、などと色々なことが頭をよぎる
だが、そんなことを考えるのは形式だけであって、腹の中では決まっていた
折角の艦橋に行ける機会なのだ、断る試しはない
ただ……その決断を下す前に、もう少しだけ目の前の男の出方を見たかっただけだった
「よし、行こう」
「折角の誘いだ、断る理由もないからな」
十数秒ほど沈黙し、全く顔色を変えない野田の反応を諦め、艦橋へ行くことを伝える
「分かりました」
「ブリッジまで案内するので、付いてきてください」
答えを聞いた野田は事務的な返事を返すと、役目は終わったとばかりに歩き出す
いちいち返事など待っていられないと言うのだろうか、スタスタと艦橋の方へ向かって行ってしまった
「悪いな」
「ちょっと行ってくる」
さっさと先へ進む野田を横目に、隣の仙田に挨拶をする
「別にいい」
「観察なら1人の方がやり易いからな」
仙田の興味も演習の方へ移ったのだろうか、欄干に身を乗り出したまま生返事を返してくる
「おい、少し待て」
踵を返して艦橋の方へ振り向くと、先行する野田へ声を掛ける
呼びかけに応じて立ち止まった野田の姿にほっとし、小さくなった背中を追いかけようとしたとき、
ズドォオン
何かが弾けるような重低音が耳をつんざいた
ザバァァァアン
右舷前方、ちょうど彼女たちが演習を繰り広げていた海域にそり立つ水柱が現れる
立ち上った水しぶきは天高く、太陽まで覆い隠さんとしていた
「なっ……」
突然の出来事に言葉を失くし、艦橋へ向かおうとしていた体を硬直させる
欄干に身を乗り出していた仙田もその水柱に釘付けとなっていた
ザーッ パラパラパラ
砕けた飛沫が風に流され、立ち上った水柱は霧散していく
太陽の光が散らばったしずくに反射し、虹を作っていた
パラパラパラ
パラパラパラ
洋上に現れた虹は、幻想的な輝きを放ちながら鮮やかに浮かび上がる
白い雲と青い海のキャンバスに描かれたアーチは、光の加減によってその彩度を増す
その光景はどこか現実感を失くさせ、白昼の夢のように目の前に広がっていた
気づけば、虹が消えてなくなるまで、その場で固まったままであった
水柱に釘付けとなっていた仙田も静止している
皆、目の前の光景に見入っているのだろうか、息遣いより他の音は耳に入らない
「あの方向は……」
甲板が奇妙な静寂に支配されるなか、水柱が立ち上った方向を睨む
あの方向は間違いなく、今し方まで艦娘たちが演習をやっていた海域だ
安全上の問題から、彼女たちの装備していている兵器に火薬は仕込まれていない
例外として護衛として配備されている艦娘たちは通常の装備をしている
だが、それでも余程の事が無い限り、砲撃をすることはないはずだ
つまり、今のは……
「……奴らだ」
不意に仙田の声が聞こえた
欄干から乗り出した格好のまま、今度は双眼鏡で何かを探るように爆心地を眺めている
おそらく考えていることは同じだろう
この状況で砲撃があったとすれば、深海棲艦が出て来たに違いない
ズドォオン
ドゴォオン
再び、砲撃音鳴り響き、鼓膜が揺さぶられる
今度は2発が撃ち出され、対角線上に離れて着弾、
ザバァァアン
ザッバァァァアン
それぞれ大きな水柱を立ち上った
もはや疑う余地は無い
深海棲艦が出現し、戦闘状態へ突入したのだ
カン カン カン カン
最初の砲撃から数十秒、ようやく異常を知らせる警鐘が鳴り始めた
何があったかは説明されるまでもない、行動あるのみだ
すぐさま双眼鏡に食いついている仙田のもとへ駆け寄り、肩を叩いた
「待ってくれ……まだ」
しかし、その合図を受けても仙田は動こうとしない
敵の正体を探ろうとでもしているのだろうか、砲火のあった辺りを必死で探している
「そんなのは後だ」
「とにかく持ち場へ急げ!」
非常時には戦闘配置について貰わなければ困る
仙田を叱咤し、半ば強引に欄干から引き離すと、持ち場へ就くよう命令する
「……分かりました」
苦々しく返事を返した仙田は、踵を返して自分の持ち場へと急ぐ
その後ろ姿を眺めながら、自身の次に取るべき行動について考える
今の自分は一種の観戦武官のような立場で乗船しており、戦闘配備に組み込まれていない
要するに、決められた持ち場が無く、誰かに指示を飛ばすことも出来ないのだ
だが、このまま何もせずに見ているのは、あまりにも無責任な話だ
ドガァアン
ドゴォオン
放火はどんどん激しくなり、砲撃の重低音が臓物に響く
繰り出される砲撃と風に混ざる炸薬の臭いがあの戦闘を思い起こさせる
攻撃を受けいるはずなのに確認できないない艦影、そして時折チラチラと波のはざまを移動する黒い影
これは間違いなくあの時のあいつ、自分たちの船を沈めた深海棲艦に違いない
「クソっ……!」
腹の底から言いようのない怒りが湧きあがる
奴らが……奴らさえいなければ、下山田もみんな死なずにすんだのに
もう二度とあんな思いはしたくない、そんな思いが胸いっぱいに広がってきた
気が付けば、近くの銃座に駆け寄って機銃の安全装置を外していた
この距離で奴らに命中させることは難しいだろうが、何もせずには居られなかった
砲撃と目視を頼り敵へと狙いをつけ、いざ引き金を引こうとしたとき、
『総員、衝撃に備えよ!』
突然、船外の拡声器から警告が流れる
次の瞬間、ディーゼルのけたたましい音と共に船が急加速、同時に左舷側へ回頭をはじめた
「なっ……!」
いきなりの加速に体が大きく揺さぶられる
反動で銃座から転げ落ち、船の欄干に激突した
「……痛っ」
ぶつけた拍子に思わず声が漏れるが、
ガッ グィイイイン
そんなことなどお構いなしに船は急旋回を始める
船体が大きく右へと沈み込み、船首が左舷側に振れた
強烈な遠心力に振られ、ぶつかった態勢のまま舷側に押し付けられる
柵の向こうには青い海が直ぐそこまで迫り、艇体で弾ける波が飛沫となって降りかかる
回頭が終わり、押し潰されそうになった身体を引き起こす
先ほど強打した肩をかばいながら、立ち上がって辺りを確認する
船の進行方向には、おだやかな青い海が広がっているだけで何もない
砲撃の喧騒は船尾の後ろまで置き去りにされていた
(……どうなっているんだ?)
遠くなった砲撃の炸裂音を耳にしながら、船首の方向を眺める
目の前には何もない静かな海が広がっており、硝煙が混ざった風が頬を撫でていた
戦場から遠ざかってく船の甲板で、ある疑問が心を埋め尽くす
(逃げているのか?)
突如として深海棲艦が現れ、演習をしていた艦娘たちを襲っている
演習に参加している彼女たちは殺傷能力を持つ武器を装備していない
警備の艦娘が応戦をしてはいるが、敵の数は未知数な上に、その正体も分かっていない
ならば、防衛隊の艦船も彼女たちの応援に入るのが普通だ
だが、今のこの船の取っている行動は逃走
急速回頭で戦線を離脱し、全速力で戦場から遠ざかろうとしている
艦娘をおとりに敵から逃げていると言っても過言ではない状況だ
「君嶋少尉!」
そんなこと頭の中で巡らせていると、背後から声をかけられる
振り向くと、顔を強張らせた野田が立っていた
彼も同じ目に遭ったのだろうか、軍服の真新しい水の跳ね跡が目に付いた
「ここは危険です」
「早く船内へ避難してください」
非常時のためか、いつもとは違った緊張感で避難を勧めてくる
それは有無を言わせぬ、断固とした調子のものだった
しかし、彼の勧めに乗るつもりは無かった
今のこの状況、これを黙って見過ごすわけには行かない
幾ら艦娘とはいえ年端もいかないような少女たちをおとりにして、生き延びるなど言語道断
そう心に決めると、黙って首を振り、その気がないことを野田に伝える
「何を言っているんですか」
「ここも、いつ砲撃が飛んでくるか分からないんですよ!」
その答えに対して、野田は激しく反発する
あまり感情を表に出さない彼にしては、怒りを前面に押し出し、怒鳴るような口調だった
しかし、それでも答えは変わらない
何も言わずにまっすぐに彼の目を見つめ返した
「……どうしてですか? 少尉」
「貴方も死ぬかもしれないんですよ」
こちらの不退転の覚悟を読み取ったのか、気勢のそがれた野田は語気を弱める
「それでも、逃げる訳には行かない」
「俺達が逃げたら誰が彼女たちを守るというんだ?」
「何を馬鹿なことを……!」
「ただの軍艦で艦娘を守るなんて無理だ」
「逃げなきゃ、俺達までやられるんですよ」
「無理かどうかはやってみなくちゃ分からない」
「それに、何時かは倒さなければいけない相手だ」
「こんなところで逃げるわけには行かない」
「逃げなかったとしても、死んだらそれでおしまいです」
自分を連れてくるように命ぜられためか、野田も反駁をやめない
だが、説得が出来そうにないことを悟り始めたのか、次第に口調は弱々しくなっていった
口数が少なくなってきた頃合いを見計らい、最後の台詞を叩き付ける
「とにかく、俺は逃げるつもりは無い」
「彼女たちをおとりにして逃げるなど、帝国軍人の名折れだ」
「これから艦橋へ行って艦長と話を付けてくる」
野田は反論するでもなく、下を向いて押し黙っていた
こちらの意見を肯定したのか、それとも否定することをあきらめたのか、それだけでは分からない
だが、こうしている間にも、後方で戦っている艦娘たちはその身を危険に晒している
彼女たちに加勢するなら、無駄な時間を割く訳にはいかなった
棒立ちになっている野田をその場に、艦橋へと乗り込むことにした
<護衛艦 艦橋>
艦橋へと続く舷梯を駆け上がり、勢いよく扉を開ける
勢いが付いた扉は蝶番が稼働する限界まで開いて、大きな音を響かせた
突然の事に驚いたのか、操船を任されていた船員たちがこちらを振り向く
「君嶋少尉!?」
「どうして、ここに……」
舵輪の前に立っていた井上と通信機の前に座っていた小林が自分の存在に気づく
小林はヘッドホンを抑えていた左手をそのままに、首を回してこちらを向く
井上も舵輪を握っていた手の片方を外し、上半身を捻って注意を向ける
「何をしている! 持ち場から目を放すな」
「ハ、ハイッ!」
「了解しました」
しかし、すぐさま後ろに控えていた男に嗜まれて、向きを正す
自分の事が気になる様子であったが、それぞれの仕事へと戻っていく
操艦を任されている身として注意を疎かにするわけには行かない
それは2人も分かっているようで、聞き耳を立てつつも再び振り返ることはしなかった
「……君嶋特務少尉」
「今は作戦行動中だ」
「新海軍の少尉といえども、操艦の邪魔はしないで貰いたい」
井上たちに喝を入れた男が静かに口を開く
襟元の階級章は、現場の叩き上げとしては最高位の兵曹長を表す
肩章には4条の線が引いてあり、この船の艦長であることを示していた
「このままでは、作戦海域から離脱してしまいます」
「今すぐ引き返してください」
単刀直入に引き返すように要求する
こうなる事はある程度予想していたのだろうか、艦長は眉を細めて苦い顔する
そのまましばらく黙った後、『その必要はない』と口を開き、
「私の命令だ」
と言い捨てる
「何故ですか?」
「その理由を教えてください」
しかし、それで納得できるはずもない
すぐにその決断に至った理由を尋ねる
「こうなっては致し方ない」
「戦闘が始まった場合は、即座に戦域から離脱する」
「……それがルールだ」
問い詰められた艦長は、決まり悪そうに返答する
その視線は帽子のツバで遮らており、どこを向いているかは分からない
「ルール、ですか」
そんな彼を目に、先ほどの台詞を繰り返す
艦長はそう言い張るが、そのような決まりは軍規にはない
あったとしても撤退時における行動規範および自沈に際しての手引き程度しかなかったはずだ
彼が言っているのは軍の中で暗黙の了解と目されていた慣習法、必ずしも守る必要はないものだ
そう反論すると、艦長は被っていた帽子のツバを摘んで目深にかぶる
『これ以上は聞いてくれるな』という態度であった
「どうしてですか!」
「このまま彼女たちを見捨てると言うのですか!?」
だが、ここで食い下がるわけには行かない
沈黙を決め込もうとする艦長を恫喝するように詰め寄る
「君の言いたいことは分かる」
「だが、艦を任された身として」
「この船をみすみす沈めるような真似は出来ない」
少しの間を置いて呟くように答える
俯きざまにそっぽを向いているため、顔の半分以上が帽子で隠れ、表情が読み取れない
「だからと言って見て見ぬふりをして逃げられません!」
「現に敵が現れて、彼女たちは戦っている」
「演習に参加した者は戦うための武器すら持っていない」
「この状況で自分たちが逃げたら……」
「一体、誰が彼女たちを助けるのですか!?」
殆ど怒鳴り声に近い、抗議の声を上げる
本当はもっと別の上手い言い方があるのだろうが、そんなものは今の自分には思いつかなかった
ただ、磯の香りによって呼び起こされたあの時の感覚が自分を焦らせる
酸化した血のサビ臭い臭い、生気を失った肉体の重み、光を失った瞳の虚ろな視線
それらが幼い少女たちの身に降りかかろうとしている現実が、己から理論的な思考を奪っていく
どれくらいの間声を張り上げていたのか分からない
気が付けば、空気で満たされていた肺は萎み、荒い呼吸で酸素を取り込んでいた
その間も艦長は微動だにせず、俯いたまま一点を見つめている
艦橋の他の船員たちも聞き耳を立てながら、じっとそのその様子を窺っている
船外の喧騒とは対照的に、艦橋には奇妙な沈黙が垂れ込める
「艦長」
だが、それも束の間、艦長の名を呼ぶ声によって沈黙は破られた
艦橋の皆の視線が一斉にその声のした方向へと移る
「自分は引き返すべきだと思います」
そこには舵輪を片手で操り、こちらを振り向く井上の姿があった
「井上、何を……」
突然の申し出に驚いた艦長は俯いていた顔を上げ、彼の名を呼ぶ
露わになった顔には驚愕の色が見て取れた
「君嶋少尉の言うとおりです」
「自分たちだけ逃げられません」
そんな様子の艦長には目もくれず、井上は先を続ける
彼の目には、何者にも侵されない確固たる意志の煌めきが灯っていた
「しかし、そうは言っても……」
その光に目がくらんだように顔をそむける艦長
何とか平静を保って場を収めようとするが、もはや流れは変えられない
「自分もそう思います」
操舵手の井上に続いて、通信手の小林も声を上げた
「ここで逃げ出したら、呉からやって来た意味がありません」
「それじゃあ、ただ場所が変わっただけです」
「自分がここに居るのは敵から逃げるためじゃないんです」
口をつぐんだままの艦長へ向かって小林は続けた
それに畳み掛けるように井上も口火を切る
「俺たちがここまで来た理由はただひとつ」
「自分たちの力で深海棲艦と戦って打ち勝つためです」
「そのために、君嶋少尉の下までやってきたんです」
自分を含めて3対1という構図に勝ち目がないと悟ったのか、艦長は一文字に口を結んだまま閉口する
これなら押し切れるかもしれない
井上達が作ってくれた機会を逸せずに追い打ちをかけようとしたとき、
ズガァァアン
爆撃音が鳴り響き、船体が大きく揺れた
突然の衝撃に激しく体が揺さぶられ、体の平衡間感覚が狂う
よろけて倒れそうになるが、すんでの所で両足を踏ん張り、転倒は回避する
初め数回の大きな揺れを乗り越えると、次第に船は安定を取り戻し、揺れも小さくなる
やがて、揺れは完全に収まり、艦橋に元の静けさが戻ってくる
「な、なんだ」
「何が起こった?」
今の揺れでバランスを崩したのだろうか、片膝をついていた艦長が立ち上がりざまに問いかける
しかし、聞かれるまでもなく、全員がそれを理解していた
自分たちが置かれた状況を考えれば、敵深海棲艦の攻撃、それ以外にはあり得なかった
「レ、レーダーに反応アリ」
「後方に高速で移動する艦影が……」
すこし遅れて、観測手の報告が艦橋に響き渡る
十分な実戦経験を積んでいないためだろうか、その声は不安に満ち、指示を仰ぐように艦長の事を見つめていた
だが、艦長であってもその限りではなかった
予期していない攻撃に咄嗟の判断を下せず、苦い顔のまま立ち尽くしている
「後方甲板より入電です!」
続けざまに、通信手の小林が入電を伝える
「……繋いでくれ」
茫然としていながらも艦長は命令を下す
指示を受けた小林は慣れた手つきで通信機を操作する
彼にも実戦経験は無いらしいが、訓練で培った技能は体が覚えているようだった
『こ、こちら……甲板!』
『敵弾が直撃、被害は……甚大です』
小林が内線を繋ぐと、通信機を介して鬼気迫った声が艦橋へと響く
その声は震え、一語一語を絞り出すように繰り出される言葉の合間には、何度も息継ぎの音が聞こえる
『後部砲門は……多分ダメです』
『負傷者も多数……』
『甲板から、火も出ています』
小林が男に被害状況を確認させる
しかし、彼の話は要領を得ず、具体的な状況は分からなかった
だだ、そのただならぬ気配から、大変な被害が出ていることが容易に想像できた
『艦長、ご指示を!』
男は懇願するように艦長へ指示を仰ぐ
もはや自分ではどうすればいいのか分からない、といった感じであった
「砲撃が直撃だと……」
「戦闘海域からは完全に離脱したはずだ」
「それがどうして」
だが、助けを求められた艦長も冷静さを欠いていた
目の前で起こっていることが理解できないという風に自問自答しており、返答を返す余裕は無かった
そんな艦長に痺れを切らしたのか、電話口の男がもう一度指示を仰ごうとしたとき、
ズドォオオン
再び、艦全体に大きな衝撃が走る
通信機から短い悲鳴が流れ、すぐさまザーッという雑音に塗りつぶされる
「通信……切れました」
小林が押し殺したような声で通信の断絶を伝え、通電を終わらせる
先ほどの揺れと比較しても、今のは直撃だった
これから何が起こるかを肌で理解したのか、艦橋の空気が張り詰める
「ぜ、前方に……艦影」
「……深海棲艦です」
揺れが収まったころ、双眼鏡を手にしていた観測手が声を上げる
もう誰一人としてその存在を疑う者はいない
艦橋の全ての耳目が、自分たちを死へ追いやるであろう怪物へと集まっていた
「あれが……」
進路前方には人類の敵である深海棲艦
付近に他の艦や艦娘などは無く、船と怪物が向かい合うだけだった
「……信じられん」
目の前の光景を受け入れられず、思考停止に陥るかのように艦長は呟く
さっきまで勇み節を述べていたはずの自分も固まっている
だが、それでも考えることは止めなかった
本当にあんな怪物と戦うことが出来るのか? あの時の二の舞ではないのか? また仲間を失うかもしれないぞ?
頭の中にに色々な考えが巡るが、今の状況で自分が出来る選択は1つだけ
臆せず戦う、それが唯一生き延びる可能性がある選択肢だ
「今こそ戦うときです」
「戦って、勝つしか生き残る道はありません」
再度、艦長に向かって詰め寄る
「何をバカなことを言っている」
「この状況を見て、分からないのか!」
そう言って艦長は軽く両腕を広げて反論する
今の状況を見て判断しろというパフォーマンスなのだろうが、そんなものは通用しない
むしろ現状を考えるなら、逃げるという選択こそあり得ない
「迷っている時間はありません!」
「敵は攻撃を止めてはくれないんですよ!?」
提案をのもうとしない艦長へ、語気を強めて意見する
それを助けるかのように敵の砲が火を噴き、海面に大きな水柱を何本も立てている
井上の操艦技術で直撃は免れてたが、それにも限界がある
こちらは全長百メートル以上はある艦艇であるのに対して、敵は小型舟艇よりも小さい人間の大きさだ
機動力だけを切り取っても天と地ほどの差がある
「だが、しかし……」
艦長もそれは理解しているのだろう
だが、それ以上に勝ち目のない戦いをするわけには行かない
そんな感情を吐露するように口ごもって黙り込む
『こちら、船倉!』
『損傷による浸水アリ』
『ケガ人の搬送、間に合いません!』
『ブリッジ、応答願います!』
ある種の膠着状態である艦橋を余所に、いたる所から混乱した現場を伝える入電が相次ぐ
このままでは十分も待たずに戦闘能力はおろか、航行能力すら失ってしまう
逃げるにしろ、戦うにしろ、行動を起こさなければ事態はどんどん悪くなっていく
これ以上待つことは出来ない、そう思い至ると強行手段に出る覚悟を決めた
「もう我慢の限界です、艦長」
「今から自分がこの艦の指揮を執ります」
そう言い放ち、艦長の前へ2、3歩足を踏み出す
「な、何を……」
突然の出来事に艦長は言葉を失う
事の成り行きを見守っていた艦橋の船員たちも同じように固まり、こちらへと視線を向ける
「新海軍は防衛隊に対して指揮の掌握が出来る」
「それを今ここで使わせてもらう」
「今から自分が艦の司令官です」
最終手段として、指揮権の掌握を行使した
これは新海軍の軍人が非常時に防衛隊を直接指揮出来るように作られたもので、軍規にも成文化されている
本当ならもっと早い段階で行使したかったのが、この作戦において自分は戦闘配備に組み込まれていない
したがって、この状況における権利行使は厳密には規定違反となるため、出来れば使いたくは無かった
しかし、これ以上艦長の心変わりを待っていれば、自分もこの船と共に海の藻屑へと消える
皆の命と己の処分、天秤にかければどちらが重いかは一目瞭然だった
「……分かった」
「後は好きにしろ」
指揮権を奪われた艦長は深くため息を付くと、投げやりに移譲を認める
取りあえず収束した現場に、固唾を飲んで見守っていた船員たちは張りつめた緊張を緩めるが、
ズガァァアン
すぐさま敵深海棲艦の攻撃によって現実に戻される
「小林、全線に回線を繋げ」
「はい! 了解しました」
攻撃を受けた直後、早速小林に向かって命令を飛ばす
接続完了の報告を受けると、艦長席の通信機を手に取る
そして、この船に乗船する全ての船員に向かって、
「これより本艦は深海棲艦との戦闘に入る」
「総員、戦闘配置に就け!」
戦闘開始を告げた
受話器を元の位置に戻すと、艦橋に束の間の静寂が訪れる
引っ切り無しに掛かっていた指示を仰ぐ通信もパッタリと途絶えていた
艦橋の船員たちも集中力を取り戻し、訓練を思い出すかのように計器を確認している
それは自分においても例外ではない
規格外の怪物とどのように戦うか、これから取るべき行動に考えを巡らせていた
ズダダダダ
ズダダダダダ
程なくして、機銃の発砲音が聞こえてくる
「機銃隊、攻撃を開始しました!」
攻撃部隊が攻撃を開始したらしい、船員の1人がそれを告げる
その報告に艦橋がにわかに活気づいた
勿論、これで敵を沈められるわけでなく、あくまでも主砲や副砲の発射準備が整うまでの牽制でしかない
それでも、自分たちが放った銃弾に深海棲艦が動揺する姿は彼らの自尊心を満たすには十分だった
「敵深海棲艦、急速後退」
「機銃の射程外へと退避するようです」
双眼鏡を覗く観測手が敵の挙動を報告する
こちらの攻撃を察知した敵はすぐさま後退、機銃の射程外へと避難するつもりらしい
『こちら砲塔、発射準備が完了しました』
『砲撃許可をお願いします』
だが、それはこちらの思う壺だ
深海棲艦が距離を取り始めたと同時に砲塔から通信が入る
主砲が発射できるまでの時間稼ぎ、それを機銃隊はしっかりとこなしてくれた
これも防衛隊を舐め切って、至近距離まで近づいてきた罰だ
「ああ、後悔させてやれ」
砲撃主に返答を返す
拒む理由など無い、有りっ丈を撃ち込むように伝えた
『了解!』
返答と同時に主砲の二連装砲が火を噴く
撃ち出された2つの砲弾は緩い弧を描いて空中を飛翔、深海棲艦へ向かっていく
艦橋の船員たちは熱いまなざしで、その行く末を見守った
だが、敵も伊達に何艘も軍艦を沈めている怪物ではない
「主砲、敵深海棲艦付近に着弾」
「損傷は見られません! 回避された模様」
有り余る機動力で主砲を回避し、その体に傷を負わせることを許さなかった
「第二射、用意! 急げ」
すぐさま砲撃主に第二射の準備をさせる
彼我の機動力の差が歴然である以上、こちらが戦闘不能になる前に決着を付けねばならない
「敵、移動を開始!」
「後方に回り込もうとしています」
正面は危険だと察知したのか、敵は後方に回り込む機動を取り始めた
後部砲門は先ほどの攻撃で既に喪失している
このまま回り込むことを許せば、奴にとっては恰好の的だ
「クソッ……アイツ」
「少尉! 右に回頭を」
井上も同じことを考えたのだろう、自分に指示を仰いでくる
「全速回頭、面舵一杯!」
「奴に背後を取らせるな」
彼の申し出に応じて、全速力での急回頭を命じた
「了解!」
「全速回頭、面舵一杯」
指示を受けた井上は命令を復唱し、船の舵輪を大きく右へと回す
舵輪の回転に従って、船体は大きく左へ沈み、船首は右側へ振れた
同時に、艦橋には主砲の旋回に伴う鈍い機械音も伝わってくる
正面の窓から窺える砲身は右舷側へ大きく旋回し、正面に深海棲艦を捉える
ズドォオオン
腹の底から震えるような重低音が鳴り響く
その衝撃に船全体が揺さぶられ、視界が軽くふらつく
「第二射、発射されました!」
船員の1人が主砲の発射を報告する
だが、敵も甘くは無い
ザッ バァアアン
発射された砲弾は後数メートルのところで回避され、水面高くに巨大な水柱を発生させる
しかし、こちらの主砲は二連装砲だ
1発目がダメでも、それで終わるわけではない
初弾よりも数刻遅れて発射された2発目が着水する
先ほどの水煙で敵の姿は見えないが、十分に直撃コースだ
(……どうだ)
爆炎に覆われて黙視できない相手
その被害を判断するために固唾をのんで見守っていると、
ズガァァアン
張り裂けんばかりの爆音と嘗てない衝撃が走った
衝撃は凄まじく、立っていた者は例外なく薙ぎ倒される
誰かが上げた悲鳴のような叫び声も幾つか聞こえた
二、三度の突発的な揺れが収まった後、急に辺りは静かになる
「うっ……」
船が安定を取り戻したのを確認して、上体を引き起こす
左の肩口が燃えるように熱い
確認すると、左腕の上部がパックリと裂け軍服が赤く染まっていた
傷口を見たせいか急に痛みが押し寄せる、それを誤魔化すように右手で押さえ、周囲を確認する
艦橋への直撃は免れたのか、艦橋内部には目立った損傷はない
爆風でガラス窓が吹き飛び、自分を含めて、その破片でケガをした者が数名いるようだった
しかし、外の光景は艦橋の無事を喜べるほど生易しい物ではなかった
(そんな……馬鹿な)
最高の火力を生み出す主砲は砲身から滅茶苦茶に破壊され、使い物にならない
甲板も、捲れあがった床がチラチラと赤い炎を覗かせ、多くの船員が犠牲になったことが見て取れる
だが、それでも目の前に広がる光景よりは可愛いものかも知れない
砲撃による水柱が収まった海には、奴が居た
先ほどと変わらない殆ど無傷に近い姿で、嘲笑うかのようにこちらを見ている
「……敵艦、未だ健在」
「損傷は……」
観測手が敵の生存を報告する
敵の損害についても言及しようとするが、言葉が続かない
それも仕方のないことだろう
こちらが戦う手段を失ったのに等しい状況であるのに対し、敵はほぼ無傷
死刑執行を待つ死刑囚も同然であった
(……無理だ)
突き付けられた現実が自分の信念を打ち砕き、死の恐怖を見せつける
まさか、あんな怪物だったなんて
良く知りもしないで倒せるなど、思い上がりも甚だしかった
下山田、兵長、みんな……申し訳ない
思考は加速し、どんどんと暗く、陰鬱とした感情が心を占める
しかし、敵はこちらの事など構いはしない
「砲身、稼働しています」
「狙いは……ここです」
観測手は力ない声で敵の様子を伝える
奴は自分たちを確実に仕留めるため、その準備をしていた
「やはり、こうなったか」
隣で傍観を決め込んでいた艦長は諦めたかのように呟く
「少尉ッ!」
舵輪を握る井上は、こちらを振り向きながら自分を呼ぶ
しかし、今の自分には何も言ってやることはできなかった
「砲撃……来ます」
観測手が掠れた声で敵の攻撃を知らせる
既に双眼鏡は目から離されており、だらんとした右手に握られていた
(済まない、皆)
最後の覚悟を決める
キッと目を閉じて、終わりの時を待つ
思えば長いようで短い人生だったな、などと取り留めのないことが頭に浮かぶ
「畜生ッ! クソッタレ」
井上の雄叫びと舵を回す音が聞こえる
だが、それでも敵の砲撃が無くなることは無い
ズドンという砲撃の音が耳をつんざき
ザッ バァァアン
水面に叩き付けられた音が聞こえた
しかし、船は軽く揺れただけで、それ以上のことは何も起こらない
最後に見た敵との距離からしても、直撃を受ければ自分たちの命はまず助からない距離のはずだ
だが、砲撃音の後も意識は続いており、傷ついた左肩にはじんじんとした痛みがへばり付いている
目を開いて辺りを確認するが、飛び込んでくるのは先ほどと同じ艦橋の光景であった
(何だ? 何が起こった)
敵は確実にこちらを沈めに来ていた
肉眼で確認できる距離まで近づいて、砲撃を外すはずがない
夢でも見てるのか? などと素っ頓狂な考えが頭を占める
「甲板だ! 甲板を見てください」
観測手が叫ぶ声がそんな自分を現実へ引き戻す
艦橋の皆がその言葉に反応し、割れ窓から艦橋を望む
そこには、
ズダダダダ
ズダダダダダ
果敢に深海棲艦へと銃撃を加える男たちの姿があった
数名は残された銃座に座り、残りは自前の拳銃を海に向かって発砲している
その1人の後姿に見覚えがあった
あの背中は間違いない、艦橋へ案内する時に見せた野田のものだった
「これは……どういうことだ?」
不意に艦長が言葉をもらす
彼も自分と同じく死を覚悟したのだろう、心底面食らったという顔をしていた
「分かりません」
「ですが……」
甲板に向けていた目をこちらへ回して、観測手は答える
「自分たちはまだ生きています」
「それだけで十分です」
そして、その答に割り込むように小林が先を続けた
「そうです、艦長」
「自分たちはまだ負けてません」
「だから、少尉も……」
それに合わせて井上も自分の方へと向き直る
「戦いましょう」
そう告げた彼らの目はまだ死んでいなかった
逆境の中でも希望への活路を見出し、決して諦めない
そんな眼差しは凍りついた恐怖心を溶かし、忘れかけていた信念を呼び起こす
「ああ、そうだな」
気づけば彼らに答えを返していた
まだ完全に恐怖や後悔が消えたわけじゃない
だが、目の前の仲間が諦めていないというのに、どうして諦められるだろうか
(まだ、戦える)
残ったものは、何の根拠もない自信
先ほど味わった苦い絶望の味は忘れてはいない
だが、『必ず勝って帰れる』という確信めいた気持ちが心の底から湧きあがってきた
そんな自分の様子を察したのか、井上と小林は口元を綻ばせる
それにつられて他の船員も俯いていた顔を上げ始めるが、
「……この状況でどうやって戦う」
脇に居た艦長が口をはさむ
上げ調子の皮肉ったような口調だった
「主砲は喪失、機銃の効果も薄い」
「今は弾幕で奴の動きを封じられているから良いが……」
「銃弾が尽きれば、沈められるのも時間の問題だ」
現実を突きつけ、現状がいかに悪いかを再認識させる
野田たちも敵の行動を封じるように機銃を放っているが、弾が切れてはどうしようもない
敵も今は銃弾の回避に専念しているが、銃撃を気にせずに砲撃をしかけてきたら、今度こそ沈められる
ある意味で自分が指揮権を乗っ取り、戦いを強行したために、このような状況になったのかも知れない
だが、そんなことを悔いても仕方がないのは艦長も分かっているはずだ
それに、まだ勝利の芽が完全になくなったわけじゃない
「作戦があります」
たった1つだけ、起死回生の策を閃く
もはや作戦と言って良いかどうか分からないほどのものであったが、確かに思いついた
死の間際を肌に感じたからこそ、思いついた作戦
勝利をあきらめなかった仲間が気づかせてくれた九死の策
「作戦……?」
「この後に及んで、何か出来ることがあるというのか」
どうせ何も答えられないと思っていたのだろう、作戦の話に艦長は食いつく
周りの船員も一斉にこちらを振り向き、聞き耳を立て始めた
艦橋が静まり返り、甲板からの銃撃音が響く中、
「艦本体による突撃攻撃」
「つまりは……体当たりです」
思い描いた策を説明する
「……そんな無謀な」
作戦の中身を聞いた艦長は明らかに落胆した顔をする
こんな奴に一瞬でも期待した自分が馬鹿だった、そう言いたげな表情だった
「無謀なのは百も承知です」
「しかし、他に手はありません」
「主砲が潰された本艦に残された、最後の攻撃手段です」
しかし、こちらも引き下がっては居られない
荒唐無稽なのは百も承知だったが、それでもやらずに死ぬわけには行かない
「無茶苦茶だ」
「そんなもの作戦ではない!」
艦長は頑として反論する
仮にも自分が指揮した船をそのように扱われるのが嫌なのか、自ら生還の可能性を棄てるのが気に食わないのか
今まで以上に声を張り上げる
「では、このままやられても良いと言うのですか!」
「ここで何もしなければ、俺達は死ぬだけだ!」
一瞬、頭の端にあの日の出来事がチラつく
何としてもこの船を同じ目に遭わせるわけには行かない
そう思うと、自然と言葉に力が入っていった
「……そうか」
そんな鬼気迫る様子に気落ちしたのか、そうとだけ言って、黙りこむ
これ以上何を言っても無駄だと悟ったのだろう
先ほどの衝撃で落としたままだった帽子を拾い上げ、『勝手にしろ』という合図だろうか、埃を払う動作をして黙り込み
ひとまず雌雄が決した口論を終え、他の船員たちを見回す
殆どの者は気まずそうに黙っているだけだったが、井上や小林はこちらを一瞥し、力強く頷いた
「井上……」
その答えに応じて、指示を出そうと彼の名を呼ぶ
「分かっています」
しかし、皆まで言う必要もなく井上は返事を返す
そのまま舵を回して船首を足止めを食らっている深海棲艦の真正面を向けると、
「目標、敵深海棲艦」
「両弦全速前進!」
スロットルを全開に入れた
「小林、全線通信だ」
船が敵へ向かって進み始めたのを確認し、新たな指示を飛ばす
指示を受けた小林は手早く通信機を操作して全艦のスピーカーへと回線をつなぐ
彼から接続完了の合図を受けると、再び艦長席のマイクを手に取った
「この艦の指揮を執っている君嶋だ」
「皆……良く聞いてくれ」
「本艦はこれより、敵への体当たりを敢行する」
艦橋は静まり返る
隣にいる艦長は帽子を目深に被ったまま黙り込んでいる
他の船員もこれから起こる事に想いを馳せているのだろうか、誰一人としてこちらを振り向く者はいない
「成功するかどうかは分からない」
「失敗すれば、この船は海の藻屑と消えるだろう」
「俺の独断で皆を危険に巻き込んで済まないと思っている」
そう告げて、軽く目を閉じる
瞳の裏に焼きついた、あの忌々しい光景が浮かんでくる
それを振り払うように目を見開くと、通信機を握る力を強めて、先を続ける
「ただ、これはだけは分かって欲しい」
「俺は決して捨て鉢になって、奴に体当たりするわけじゃない」
「奴に勝利し、皆が生き残る可能性を捨てていないからこそやるんだ!」
気づけば空いている左手で握り拳を作り、操作盤の上に押し付けていた
力んだせいで左肩に鋭い痛みが走るが、そんなことを気にしている余裕も無かった
「これは最後の賭けだ」
「全員が全員協力してくれとは言わない」
「だが、動ける者は甲板へ出て敵の足止めを」
「ケガ人は出来るだけ船内へ退避させ、衝撃に備えてくれ」
「……健闘を祈る」
あふれる想いを抑えながら、最後は努めて冷静な調子で通信を終える
これ以上自分にできる事は無く、あとは作戦が上手くいくかどうかに懸っている
そう結論付けて、割れ窓から現在の戦況を確認する
銃弾の雨に晒されるのが嫌なのだろうか、敵は砲撃の準備もせずに銃弾の回避に躍起になっている
対する野田達も負けてはいない、敵の嫌がる射撃をしながらも、巧みに射程外への道筋を潰していた
「敵艦までの距離、200」
「敵、未だ身動きが取れていません」
双眼鏡を手にした観測手が彼我の距離を伝える
決着の時を前にして、他の船員たちも固唾をのんで静まり返る
「距離、残り100」
「状況の変わり、ありません」
後は時間との勝負であった
甲板の野田達は必死に敵の足止めをしているが、彼らの持っている弾薬も多くは無い
作戦を成功させるには彼らの銃弾が尽きる前に敵に突撃しなければならない
(あと、少し……)
握ったままだった通信機を掴む腕に力がこもる
あと少しで決着が付く、自分たちが沈むか、それとも敵が倒れるか
嘗ての仲間の顔を思い出しながら、どんどん大きくなっていく深海棲艦を睨みつける
「衝突まで、50……40」
肉眼で敵の身体がハッキリと確認出る距離まで近づく
観測手は秒読みを開始し、艦橋の船員たちも身構える
「20……15…」
そして、カウントはゼロに近づき、
「10…9………」
「接触します!」
「総員、衝撃に備えろ!」
船は体当たりを成功させた
バキッ
鈍い音が船体に響き、大きな揺れが自分たちを襲う
砲撃が直撃したとき程の衝撃は無かったが、舵が大きく振れ、制御が出来なくなる
渾身の力で舵を握っていた井上も左右に振られ、床に吹き飛ばされていた
「……っ!」
自分も例外でなく、激しい揺れに弾き飛ばされ、床に打ち付けられる
次第に揺れは小さくなり、操舵手を失くした船も減速し始める
やがて、完全に推力を失った船は完全に停船した
(……止まった?)
鳴り響いていた銃撃音もどこかに、波が打ち付ける音と風がそよぐ音が艦橋を包み込む
不意に訪れた静寂に、弾き飛ばされた船員たちはぞろぞろと立ち上がって辺りを確認し始める
立ち上がって望む正面の海には敵の姿は見えない
ただ、何処までも続く水平線と甲板から噴き出る煙が空に溶け込んでいく光景がだけが確認できた
そんな現実離れした景色に皆が皆目を奪われてしまう
窓から差し込む陽光に照らされながら、茫然と外を眺めていると
ドォオオン
激しい爆音と同時に凄まじい衝撃が体を襲った
立ち尽くしていた艦橋の隊員は次々に薙ぎ倒される
(……奴は生きている)
自分も床に叩き付けられながら、最悪の事態が脳裏をよぎる
主砲を潰された自分たちにこんな爆音を鳴らす術はない
そうなれば、今のは明らかに敵が引き起こした作為的なものだ
つまり、玉砕覚悟の体当たりでも敵を仕留められなかったことを意味する
「クソッ!」
自分の力不足を呪いながら、目の前の床を殴る
「機関室より入電!」
すぐさま小林が機関室からの入電を伝え、
「敵深海棲艦、船底を破壊し侵入」
「内部から左舷部装甲を破壊した模様!」
敵が船体に大穴を空けたことを報告した
(ここまでか……)
機関室の内壁が破壊されたということは、航行能力を失ったということに等しい
水密扉を閉めれば浸水による沈没は免れるだろうが、戦闘などは到底不可能
こうなってしまっては、もはや自分たちの手でどうこう出来る問題ではない
今度こそ覚悟を決めて両目のまぶたを閉じた
しかし、死ぬにはまだ早すぎたようだ
「レーダーに敵艦を捕捉!」
「進路は南西、本艦との距離……どんどん開いていきます!」
船員の1人が敵が自分たちから逃げていると叫ぶ
到底信じられない、重い体を引き起こしてその真偽を確かめるべく立ち上がる
既に観測手が双眼鏡をあてがい、深海棲艦の方向を確かめていた
そして、その答えは、
「逃げています! 間違いありません」
「深海棲艦が、この船から逃げいます!」
間違いなく、敵が逃亡しているというものだった
どうやら、自分たちは賭けに勝ったらしい
限りなく負けに近い内容であったが、敵を敗走させしめた
(やった……のか)
ボロボロになった船を眺めて感慨に浸る
あの時と同じ射すような日差しは、全く違うものを映し出していた
張りつめていた緊張がほぐれて足の力が抜け、急に血の気が引く様な感覚に襲われた
(血を、流し過ぎたか……)
クラリと重心が偏り、体の均衡が崩れる
何とか体を支えようと足に力を込めるが、意識が遠のき、思うように体が動かない
そのまま崩れるように倒れると、目の前が真っ白になった
<軍病院 士官病室>
君嶋「うっ……ここは」
「目が覚めたみたいだな」
「君嶋特務少尉」
君嶋「……本条大尉?」
君嶋「どうして、あなたが」
本条「どうしたもこうしたもない」
本条「乗っていた船が深海棲艦に襲われてな」
本条「この有様だからだ」
君嶋「その腕は……」
本条「見ての通り、骨折だ」
本条「転んだ拍子に強打したようでな」
本条「完治するまで一月はかかる」
君嶋「……ここはどこでしょううか?」
君嶋「見たところ、病院の一室のようですが」
本条「横須賀の軍病院だ」
本条「今回の件で負傷した人間が集められている」
本条「おかげで負傷者が溢れて病室が足りていない状況でな」
本条「士官同士、貴様と同室に入れられたという訳だ」
君嶋「……そうですか」
君嶋(大尉のこの顔、被害は相当なものなのか)
本条「貴様の方は随分と元気そうだな」
本条「看護婦たちは失血がどうとか言っていたが」
本条「その様子なら、そこまで大事じゃないんだろう」
本条「運よく船が生き残り、大破寸前で深海棲艦に見逃してもらったり」
本条「どこまでも悪運の強い奴だ」
君嶋「船は……自分の乗っていた船はどうなったのですか?」
君嶋「井上に小林、野田たちは無事なんですか?」
本条「さぁ? 私も詳しい状況は知らん」
本条「ただ、被害は貴様の船が一番少なかった」
本条「もっとも……それで主砲喪失に主機関大破だがな」
君嶋「あの船が一番被害が無い?」
君嶋「それじゃあ、他のは……」
君嶋「他の船はどうなったのですか」
本条「何も知らずに眠っていただけか」
本条「とんだ幸せ者だな」
君嶋「勿体ぶらないで教えてください」
君嶋「一体、何があったのですか?」
本条「佐世保との合同演習中に深海棲艦の襲撃があった」
本条「ここまでは貴様も知っているだろう」
君嶋「……ええ」
本条「だが、アレはただの襲撃ではなかった」
本条「複数の深海棲艦による組織だった攻撃」
本条「つまり……奇襲攻撃であると結論づられた」
君嶋「奇襲攻撃……!」
本条「まだ確定ではないが、少なくとも上の見解はそう固まっている」
本条「事故直後に面会に来た美津島提督がそう話されていた」
本条「一応、防衛隊付き士官の貴様にも伝えておくようにという御達し付きでな」
君嶋「しかし、なぜ奇襲が……」
君嶋「周辺の索敵は万全だったはずなのに」
本条「それこそ私の方が聞きたい」
本条「もっと早くに敵を発見できていたら……」
カラ カラ カラ カラ カラ
「急患です! 道を開けてください」
本条「フンッ……さっきからずっとこれだ」
本条「私のケガではあまりここから動けんし」
本条「全く、嫌になってくる」
「大丈夫ですよ、日下部さん」
「しっかりしてくださいね」
君嶋(日下部!)
君嶋(まさか、今のは……)ガタッ
本条「何だ?」
君嶋「済みません、大尉」
君嶋「ちょっと失礼します」
本条「おい! 何処へ……」
<軍病院 廊下>
君嶋「日下部!」
君嶋「おい、日下部ッ!」ダッ
「何ですか! 貴方は」
「止めてください!」
君嶋「俺だ! 分かるか!?」
日下部「しょ、しょう……い」
君嶋「そうだ! 俺だ」
日下部「す……すみません」
日下部「ちょ…っと……しくじって」
「いいから離れてください!」
「急いでるんです!」
君嶋「…っ」
「はい、大丈夫ですよ」
「もうすぐ付きますからね」
カラ カラ カラ カラ カラ
「そういえば、日下部とかいうお付きが居たな」
君嶋「……本条大尉」
本条「上官そっちのけで飛び出すとは」
本条「左遷先に随分と根を張ったようだな」
君嶋「それより、大尉」
君嶋「被害状況を教えてください」
君嶋「防衛隊の船に艦娘たちは、どうなったのですか」
本条「現時点で確認できている艦娘の被害は轟沈4、大破6、中破以下5」
本条「さらに、行方不明も幾人かいる」
本条「防衛隊の死傷者の方はまだ纏まっていない」
本条「貴様の3番艦以外が沈められたおかげで、数の把握が困難になっているんだ」
君嶋「3番艦以外は沈んだ?」
君嶋「だとすると、防衛隊は……」
本条「ああ、そうだ」
本条「防衛隊の護衛艦は3隻中、2隻が轟沈」
本条「貴様が乗っていた船も主機が全壊し、航行不能」
本条「今回の件で横須賀鎮守府付き防衛隊の機動部隊は事実上の壊滅だ」
君嶋「そんな馬鹿な……」
君嶋「防衛隊の船が全滅だなんて」
君嶋「到底、信じられません」
本条「残念だが、事実だ」
本条「今までの光景を見ていれば分かるだろう」
本条「それとも……現実から目を背けるとでも言うのか?」
君嶋「…っ」
本条「貴様は深海棲艦に勝った気でいるかも知れないが」
本条「そんなものは、ただの思い上がりだ」
本条「奴らは勝とうとして勝てるものではない」
本条「現に、貴様らも運よく見逃して貰っただけではないか」
君嶋「そんなことはありません」
君嶋「結果的にそうだったとしても」
君嶋「あのときの自分たちは敵と戦い、勝とうとしていた」
君嶋「皆が勝つために戦って、勝ち取った勝利です」
本条「それが思い上がりだと言うのだ」
本条「貴様が思っているほど敵は甘く無い」
本条「今回は運よく生き延びられたかも知れないが、次はそうはいかない」
本条「軍艦だけで奴らを倒すなど出来るはずがないのだ」
君嶋「……承服しかねます」
君嶋「確かに自分たちは敵を取り逃しましたが」
君嶋「全く損害を与えられなかったわけではありません」
君嶋「それに、自分がそれを認めたら、この戦いで散って行った仲間に申し訳が立ちません」
本条「話の分からん奴だ」
本条「貴様のその考え自体が迷惑だと言っているのだ」
君嶋「この考えが迷惑?」
本条「ああ、そうだ」
本条「貴様に感化されたのか、私の船の防衛隊員も無駄に戦おうと言い出した輩がいる」
本条「そのおかげで敵への対処が遅れ、轟沈という最悪の結果を迎えた」
本条「今までの歴史からも、もう決まり切っている」
本条「軍艦などでは深海棲艦を倒すことはできず、対抗できるのは新海軍の艦娘だけだ」
本条「これ以上余計なことはせずに左遷先で大人しくしていろ」
本条「貴様も新海軍の人間なら、いずれは艦娘を指揮する機会もある」
本条「深海棲艦を倒すなどという考えはその時まで取っておけ」
君嶋「今まで通り艦娘に戦わせろと言うのですか?」
君嶋「だったら、黙っている訳には行きません」
君嶋「自分は敵を倒したいから、戦いに拘るのではありません」
君嶋「最前線で戦っている彼女たちが戦わずに済むようにしたいのです」
君嶋「今回だって、少なくない数の艦娘たちが犠牲になっている」
君嶋「それを無視して何食わぬ顔をするなど、到底できません」
本条「何を好き勝手に……」
君嶋「大尉は何も思わないのですか?」
君嶋「自分達の代わりに年端もいかない少女が犠牲になるのはおかしい」
君嶋「彼女たちに戦いを強要させるのは間違っていると」
本条「……そんな綺麗事で事は収まらない」
本条「我々が生き残る道はこれしかないのだ」
君嶋「それは、考えることを放棄しているだけです」
君嶋「彼女たちを失いたくない気持ちは大尉も同じはず」
君嶋「だったら……」
本条「黙れ!」
本条「貴様に何が分かると言うんだ!?」
本条「自分の好きなように、勝手な事をベラベラと喋って」
本条「人の死を背負う程の責任が無いから、深海棲艦を倒すなどと平気で言えるのだ!」
君嶋「しかし!」
本条「……貴様は報われない努力を感じたことがあるか?」
君嶋「いや、それは……」
本条「ああ、無いだろうな」
本条「今までの行動を見ていれば分かる」
本条「そんなことを感じたことすら無いだろう」
君嶋「…」
本条「私はいつもそれに苛まれいてる」
本条「まさに今、彼女たちの被害を聞いたときもそうだ」
本条「手の届かないところで、部下が戦場で散っていく」
本条「自分はそれを後ろから見ることしかできない」
本条「貴様のように自らが躍り出て敵と戦う能力など持ち合わせていない」
本条「私に出来るのは、彼女たちを監督し、生きて帰れるような作戦を立てるだけだ」
本条「だが、その技能を磨けば磨くほど、より危険な戦場へと送り込むことになる」
本条「私が軍人でいる限り、この手で彼女たちを守ってやることは出来ない」
本条「どうしようもないこの虚無感を、貴様は……」
君嶋「大尉……」
本条「フンッ……少し、お喋りが過ぎたな」
本条「今のは怪我人の戯言だ」
本条「失礼する」
君嶋「待ってください! 大尉」
君嶋「確かに自分には、あなたの本当の気持ちなど分かりません」
君嶋「だとしても、今ので確信しました」
君嶋「あなたは彼女たちの事を本当に大切に思っている」
君嶋「でなければ……そんな悲しい目が出来るはずがありません」
本条「…」
君嶋「だから、本条大尉」
君嶋「自分たちと共に敵を倒しましょう」
本条「ハンッ……ここに来て懐柔作戦か」
本条「残念だが、その手には乗らん」
本条「私を防衛隊のボンクラどもと同じにするな」
君嶋「しかし、大尉!」
本条「精々その体で、今の惨状を目に焼き付けておけばいい」
本条「では、失礼する」
君嶋「…」
君嶋(本条大尉、貴方は……)
<軍病院 エントランス>
君嶋(ここの状況、想像以上に酷いな)
君嶋(負傷兵がそこかしこに溢れているし、治療も追いついていないみたいだ)
君嶋(俺に医療の心得があれば……)
「おい、お前」
君嶋「その声は……宗方兵曹長?」
宗方「そんなところで何している」
君嶋「それは……」
宗方「まぁ、何でもいい」
宗方「それより少し手伝え」
君嶋「はい?」
宗方「技術部だけじゃ人手が足りてねぇんだ」
宗方「ボケっとしてる暇があったら俺に手を貸せ」
君嶋「しかし、何を……」
宗方「そんなのは見りゃあ分かる」
宗方「まだ移送が終わっていないケガ人が大勢控えてんだ」
宗方「いいから、さっさと付いてこい」
<軍病院 仮設病室>
「う、ううっ……」
宗方「こいつで最後だな」
宗方「下ろすぞ」
君嶋「はい」
ガタリ
宗方「それじゃあ、後は頼んだ」
「はい、任せてください」
「我々が責任を持って処置します」
宗方「任せた」
宗方「ほら、行くぞ」
君嶋「ああ……はい」
<軍病院 外庭>
宗方「さて、今日の作業は終わりだ」
宗方「日も傾いてきたみたいだし、お前も帰れ」
君嶋「あの……宗方兵曹長」
君嶋「1つ、質問があるのですが」
宗方「何だ?」
君嶋「兵曹長はどうしてここに?」
君嶋「3番艦が生き残っているなら、技術部はその修復にあたってるはずでは」
宗方「それが出来たらそうしてるさ」
宗方「だが、奴らが施しようがないぐらいにぶっ壊してくれたおかげでな」
宗方「突貫工事の修復でどうにか出来るレベルじゃなくなっちまった」
宗方「本格的な工事をするか廃艦にするかは分からんが、今の俺達にやることはない」
宗方「そんなわけで、仕方なくケガ人の搬送に勤しんでいたという訳だ」
君嶋「ならば……大門兵長や森二等は?」
君嶋「彼らの姿は見ていませんが」
宗方「大門は工場に居る」
宗方「アイツの専門は艦娘の艤装だからな」
宗方「工場で、破損した兵器の回収やら修復をやってるはずだ」
宗方「森の方は知らん」
宗方「普段から勝手に老朽艦をいじくるような奴だ」
宗方「アイツの動向なんぞ、いちいち把握してられん」
宗方「……これで満足か?」
君嶋「いえ、もうひとつ」
君嶋「兵曹長は……なぜ自分に声を掛けたのですか?」
君嶋「ハッキリ言って、貴方は自分を嫌っていると思うのですが」
宗方「他に使えそうな奴が居なかったってだけだ」
宗方「それに、俺はお前の人格どうこうが嫌いなわけじゃない」
宗方「お前が掲げてる信念が気に食わないんだ」
君嶋「信念……ですか」
宗方「ああ、そうだ」
宗方「お前が勧める、深海棲艦との直接戦闘」
宗方「俺はそいつが気に食わない」
君嶋「ですが、兵曹長」
君嶋「あなたも軍人で、それも船舶が専門の技術兵のはず」
君嶋「何故そんなことを言うのです」
君嶋「深海棲艦と戦うことの、何が気に食わないのですか?」
宗方「……あれだけの目に遭ったというのに」
宗方「良くそんなことが言えるな」
君嶋「あれだけの目に遭ったからです」
君嶋「今回の件で、同じ船に乗っていた多くの仲間を失いました」
君嶋「当然、死を覚悟した場面もあり、自分自身勝利を諦めかけた時さえありました」
君嶋「ですが……自分が諦めても、防衛隊の仲間は諦めなかった」
君嶋「自分が大口を叩いて掲げた信念を、自分以上に深く受け止め、それを実行しようとした」
君嶋「もう、これは自分一人の意思ではありません」
君嶋「あの場で戦った者、すべての目的となったのです」
君嶋「だから、この信念は覆せません」
君嶋「皆の手で深海棲艦を倒す、その日まで」
宗方「そうかい……」
宗方「お前はアイツと違うって訳か」
君嶋「兵曹長?」
宗方「少し、時間はあるか?」
宗方「お前に見せておきたいものがある」
君嶋「自分に見せたいもの……」
君嶋「それは?」
宗方「来れば分かる」
宗方「時間は取らせるつもりは無い」
君嶋(いきなり何を……)
君嶋(俺を一体どこへ連れて行くつもりだ?)
君嶋(まぁ……考えても仕方ないか)
宗方「無理強いするつもりは無いが」
宗方「どうする?」
君嶋「兵曹長……貴方が何を考えているのか分かりません」
君嶋「でも、何もなしに自分を誘うとは思えない」
君嶋「だから、付いて行きます」
君嶋「貴方の後に付いて、その真意を確かめます」
宗方「そうか……」
宗方「じゃあ、付いてこい」
宗方「ここからなら、そう遠くないはずだ」
<海岸 海を望む岬>
宗方「よし、ここだな」
君嶋(……着いたのか?)
君嶋(何もない岬のように見えるが)
宗方「時間を取らせて悪いな」
宗方「ここにあるモノを見せに来たんだ」
君嶋「自分には何もないように見えますが……」
君嶋「本当にあるのですか?」
宗方「確か……この辺りだったな」ガサガサ
君嶋(茂みの中……)
君嶋(そこにあるのか?)
宗方「……見つけた」
宗方「クソッ……だいぶ雑草が茂ってやがる」
宗方「こりゃあ刈り取らんと無理だ」
宗方「おい、何か切れるモノを貸してくれ」
君嶋「支給品の軍刀で良ければ」
宗方「草が刈れれば何でもいい」
宗方「とにかく、渡してくれ」
君嶋「……分かりました」サッ
宗方「よし、これで」
ザッ ザッ ガザガザ
宗方「見えるか?」
君嶋(石? いや、それにしては妙に形が整っている)
君嶋(石碑か何かだろうか?)
宗方「こいつだ……」
宗方「これがお前に見せたかったものだ」
君嶋「これは、一体」
宗方「墓だ」
君嶋「墓?」
宗方「ああ、そうだ」
宗方「石ころ同然に見えるかも知れないが、列記とした墓だ」
宗方「ここにその印が付いている」
君嶋「しかし、一体誰の」
宗方「洋二……俺の弟のだ」
君嶋「!」
宗方「驚いたみたいだな」
宗方「まぁ、それも当然ちゃあ当然か」
宗方「ノコノコ付いて行ったら弟の墓を見せらつけれたんだからな」
君嶋「しかし、それを自分に?」
君嶋「兵曹長の兄弟の話など聞いたこともないのに」
宗方「さぁ? どうしてだろうな」
宗方「さっきまでお前を連れてこようなんて微塵も思っていなかった」
宗方「だが、忘れたつもりでいたアイツの言葉を思い出しちまってな」
宗方「それで気が付いたら、お前を連れてアイツの墓の前に立っていた」
君嶋「それは……」
宗方「『艦娘ばかりに戦いを押し付けるのは間違っている』」
宗方「何時かのアイツが俺に向かって言った言葉だ」
宗方「あの時の俺はその言葉に耳を傾けることが出来なかったが、今なら分かる」
宗方「洋二は誰よりも真剣に彼女たちと向き合っていた」
宗方「上官と部下、軍人と兵器とではなく、ひとりの人間同士として」
宗方「その結果が……今の言葉だと」
君嶋「良ければその話……」
君嶋「詳しく聞かせてもらえませんか?」
宗方「話せば長くなる」
宗方「……それでもいいか?」
君嶋「構いません」
君嶋「多分、聞いておかなければならない話でしょうから」
宗方「後悔するなよ」
君嶋「ええ、大丈夫です」
宗方「で、何処から始めるか迷うが……そうだな」
宗方「あれは、まだ俺が軍に入隊して十年も経たない頃……」
宗方「ちょうど兵曹に昇進して、今の大門あたりの立ち位置にいた時だ」
宗方「その頃、弟の洋二は海軍兵学校を卒業して、地方基地の司令官に任命された」
宗方「アイツはひとまわり年の離れた弟で、ウチの家系にしては珍しく出来が良い奴だった」
宗方「高等学校を首席で卒業、兵学校でも主席で卒業した札付きのエリートだ」
宗方「そのおかげかストレートに司令官を拝命して、新任早々基地のトップになった」
宗方「今にしてみれば、あの時誰かの下に付いてれば……」
宗方「もう少しぐらい長生き出来たのかも知れないな」
宗方「当然、俺達は一族総出でアイツを祝福した」
宗方「まさか自分の家から司令官が出てくるとは思わなかったからな」
宗方「親戚一同含めて、大騒ぎだった」
宗方「俺もアイツの事を誇りに思っていた」
宗方「ボンクラな兄にはもったいない弟だとも思ってたな」
宗方「だが、そんな俺達の知らないところで」
宗方「アイツは1人で悩んでいたんだ」
君嶋「それが……」
君嶋「さっきの言葉ですか」
宗方「本当のところ、どうだったか俺には分からん」
宗方「だが、アイツと同じことを言うお前がそうなら、そうなんだろう」
宗方「アイツは現場を目の当たりにして、艦娘への接し方が分からなくなったみたいだ」
宗方「遺品のノートにもそんな悩みで埋め尽くされたページが何枚もあった」
宗方「そして、悩みぬいたアイツは1つの結論を出したらしい」
宗方「彼女たちが何者であれ、自分は人間として彼女たちに接すると」
宗方「それから、洋二は自分の基地の全ての艦娘を同じ人間として扱った」
宗方「戦果をあげれば褒め、失敗をしたら慰めるといった風にな」
君嶋(……彼女たちを兵器扱い)
君嶋(俺には到底信じられないが)
君嶋(そういう教育を受けたら、そうなるかもしれないな)
宗方「そうしているうちに、アイツの部隊はどんどん戦果を出していった」
宗方「まぁ、当然だな」
宗方「他の基地は兵器扱いしている艦娘に対して、他の部下と同じく平等に扱ったんだ」
宗方「それで士気が上がらないはずがない」
宗方「いつしか軍の中でもトップを争うほどの精鋭になっていた」
宗方「だが、皮肉なことにそれがアイツに取って新たな悩みの種になった」
宗方「自分の部隊が強くなればなるほど、戦闘も危険度を増す」
宗方「結果的に奴の部隊の戦闘は増え、犠牲となる部下も少なくなくなっていた」
宗方「次々に命を落とし、兵器の様に補充されていく艦娘たち」
宗方「その事実が洋二を苦しめた」
宗方「アイツの中では艦娘=兵器という等式が崩れ去っていたからな」
君嶋「それで……どうしたのですか?」
宗方「お前と同じさ」
宗方「自分が戦って、彼女たちの負担を減らそうとした」
宗方「今の俺達に言わせれば無謀以外の何物でもないが、アイツは真剣だった」
宗方「彼女たちの上官として、同じ戦場で戦って散りたいと本気で思っていた」
宗方「あわよくば、彼女たちに戦わせずに自分たちだけで終わらせようとしていたらしい」
宗方「だが……何事もそう上手くはいかない」
宗方「十分思い知っているだろうが、深海棲艦は強い」
宗方「人間の想定なんて簡単に超えてしまうほど、奴らは規格外だ」
宗方「洋二は、その想定を見誤った」
宗方「いつもの様に戦場に船で乗り出して……そのまま帰っては来なかった」
君嶋「…」
宗方「俺がそれを知ったのは事件から1週間後」
宗方「海軍本部から洋二の殉職が通達されたときだった」
宗方「初めに聞いたときは嘘だと思った」
宗方「司令官が前線に出る訳がない、単なる誤報だろうと」
宗方「だが……そうじゃなかった」
宗方「洋二の二階級特進が言い渡され、英霊と書かれた紙切れが差し出されたとき」
宗方「現実を受け入れざるを得なかった」
君嶋「でも、どうして」
君嶋「そこまで詳しく知っているなら」
君嶋「なぜ、止めようと思わなかったのですか?」
宗方「そんなのは簡単だ」
宗方「あの時の俺は何も分からなかったんだよ」
宗方「アイツが何に悩んでいるかも、どうして悩んでいるのかも」
宗方「それはエリートが考える問題であって、自分には関係ないと思い込んでいたんだ」
宗方「全てを悟ったのは遺品のノートを読んだ時」
宗方「何もかも手遅れになった後さ」
君嶋「なら、なぜこんなところに墓を?」
君嶋「殉職者には墓地も用意されるはず」
宗方「確かに、共同墓地にはアイツの名前が入った墓がある」
宗方「だが、そこにアイツはいない」
宗方「乗っていた船と共に今も冷たい海の底で眠っている」
君嶋「では……この墓は?」
宗方「俺が作った」
宗方「アイツの部下の……艦娘に頼まれて」
君嶋「頼まれた?」
宗方「ああ、そうさ」
宗方「アイツの葬式の時、向こうから話しかけてきた」
『司令は海が好きでした』
『出来れば、海の見える場所に埋めてあげてください』
『でも、あの人には家族が居て、いつまでも私たちと一緒は可哀想だから』
『貴方の手でお願いします』
宗方「そんなことを言って……アイツのノートを渡してきた」
宗方「だから、俺はそれをここへ埋めた」
宗方「他の誰にも知らせずに、誰にも分からないし、誰も来ようなんて思わない場所に」
宗方「それがここに弟の墓がある理由だ」
君嶋「しかし……何故」
君嶋「どうして、こんな場所に」
宗方「ノートを渡されて、最初はアイツの本当の墓に入れることも考えた」
宗方「だが、それを決めかねてノートを捲っているうちに気づいちまったんだ」
宗方「アイツのノートには艦娘の事で埋め尽くされているくせに、俺達家族のことは殆ど載っていない」
宗方「結局、アイツが一緒に居たかったのは俺達なんかじゃなく、共に戦った部下たちだったってな」
宗方「だから、海が見えるこの岬に埋めた」
宗方「ここからなら誰にも邪魔されず、アイツは自分の守りたかった艦娘たちを見守れるってな」
君嶋「…」
宗方「……何か聞きたいって顔をしてるな」
君嶋「何故、このような話を」
宗方「さぁ? 自分でもよく分からん」
宗方「だが、これで踏ん切りはついた」
宗方「あの時出来なかったことをやる踏ん切りが」
君嶋「……本当ですか?」
宗方「何だ? 何か不満でもあるのか」
君嶋「いえ……しかし、どうしていきなり」
宗方「どうも諦めが悪そうだからな」
宗方「これ以上無視して、勝手に死なれても困る」
君嶋「それは……」
宗方「ほら、帰るぞ」
宗方「これ以上油を売っていると、技術部の奴らがうるさいからな」
君嶋「は、はい!」
<軍病院 一般病室>
君嶋「調子はどうだ?」
日下部「まぁ、ボチボチってところっす」
日下部「折れ曲がった足も神経は無事みたいだったんで」
日下部「後遺症は残らないだろうって話です」
君嶋「それは良かった」
君嶋「搬送されているのを見たときは気が気じゃなかったからな」
日下部「あれでも一応、重くない方だって医者は言ってましたけどね」
日下部「応急処置さえ間違えなければ、死にはしなかったらしいっす」
日下部「それでも……正直ダメなんじゃないかとは思いましたけど」
君嶋「で、退院はいつ頃になりそうなんだ?」
君嶋「向こうの基地じゃ、お前が居ないと1人の時間が多いからな」
君嶋「そろそろ話し相手が欲しくなってきたところだ」
日下部「微妙なところですけど……2ヶ月ぐらいですかね」
日下部「骨がくっ付いたら直ぐにでも退院できるとは言われましたけど」
日下部「実際どれぐらいかは分かりませんから」
君嶋「とにかく元気そうで安心した」
君嶋「ここ暫くは事件の処理でゴタゴタしていて」
君嶋「なかなか様子を見に来れなかったからな」
日下部「そういえば事件の方はどうなったんですか?」
日下部「病棟の中じゃ、テレビかラジオぐらいしか情報を得る手段が無くて」
日下部「野田たちに聞こうにも、向こうも忙しいみたいで」
日下部「一度見舞いに来たきり顔も見ていないんですよ」
君嶋「大本営から正式な発表はされていないが」
君嶋「上層部では、演習を狙った奇襲攻撃という見解で一致しているらしい」
君嶋「襲ってきた奴らも、今までには確認できていない新型」
君嶋「こちらの索敵網を潜り抜ける能力を持った個体である可能性が高いとの見方だ」
日下部「敵の、新型?」
君嶋「まだ調査段階で、確定した訳ではないが」
君嶋「本部ではその線で固まっているらしい」
君嶋「防衛隊の様子を見にきた室林大佐がそう言っていた」
日下部「大佐……となると、その情報は本当っぽいですね」
君嶋「あの人がわざわざ嘘を付くとも思えない」
君嶋「おそらく、本当の事なんだろう」
日下部「それで、被害の方は?」
君嶋「ようやく全貌が明らかになってきた状態だ」
君嶋「防衛隊の被害だけで轟沈2に大破1」
君嶋「大破した3番艦も主機を喪失、船体に風穴があいて航行不能の有様だ」
君嶋「これで、防衛隊は稼働していた全ての艦を失ったことになる」
君嶋「鎮守府の被害はさらに深刻だ」
君嶋「演習に参加していた非武装の艦娘を中心に6人近くを失い、4人が再起不能となった」
君嶋「まだ行方不明者も数名見つかっていないらしい」
日下部「酷いっすね……」
君嶋「唯一、不幸中の幸いだったのは隊員の被害が想定よりも少ないことだな」
君嶋「負傷者も何とかここ一か所で収容することが出来た」
君嶋「人的被害が大きくなる前に船が沈められたのと、奇襲隊のの主力が艦娘に集中したことが原因らしい」
君嶋「それでも……少なくない数の人間が犠牲になったのは確かだが」
日下部「…」
君嶋「取りあえず、負傷兵の対処はだいぶ落ち着いてきた」
君嶋「それはお前が病室のお前の方がよく分かっているかもしれない」
君嶋「大変なのは工場の方だ」
君嶋「消耗した装備や弾薬の補充に工員が総動員されているうえに」
君嶋「航行不能となった3番艦も要請があれば、復旧作業へ移ることになる」
君嶋「ここ数日は、工場から明かりが消えていない」
君嶋「兵科の面々も通常業務の時間を技術部の応援に割いている状況だ」
日下部「……そうっすか」
日下部「自分がカンヅメにされてる間にそんなことが」
君嶋「今は自分の体を治すことを考えろ」
君嶋「後は俺達が何とかする」
日下部「でも、少尉」
日下部「本当にあんな奴らに勝てるんでしょうか」
日下部「自分も船に乗ってたから、分かるんですけど」
日下部「あいつらに手も足も出せずに沈められました」
日下部「正直言って……勝てる気がしません」
君嶋「多分、それが普通の感想だ」
君嶋「あの戦いの中で、そう感じない方がおかしい」
君嶋「しかし、それでも俺は戦うことを諦めはしない」
日下部「……それは、どうして」
君嶋「俺に課せられた責任だからだ」
君嶋「言い出したからには、最後まで責任を持ってやり遂げなければならない」
君嶋「あの戦いで、そいつを痛いほど教えられた」
君嶋「なぜなら……」
「俺達が諦めなかったから」
「ですよね? 君嶋少尉」
日下部「野田!」
日下部「どうしたんだよ、いきなり」
日下部「来るなら、来るって連絡しろよな」
野田「こっちも急用でな」
野田「少尉に用があってきたんだ」
野田「工長室まで連れてくるようにと」
君嶋「工長室……五十嵐中佐が?」
野田「はい、伝えたいことがある様で」
野田「自分が伝令を頼まれました」
日下部「でも、またお前が伝令か」
日下部「ちゃんと他の仕事はしてるのかよ?」
野田「ただの偶然だ」
野田「仮にそうだとしても、軍の備品を壊しまくった挙句に」
野田「こんなところで寝そべってる奴には言われたくないな」
日下部「……それは言わない約束だろ」
野田「だったら早くケガを治して戻ってこい」
野田「こっちは人手不足で大変なんだ」
日下部「俺だって、さっさと足を治して海へ出たいさ」
日下部「ほら、俺達も水兵だ」
日下部「魚が陸に上がったらおしまいだろ?」
野田「水兵はずっと海に出ているみたいに言っているが」
野田「……防衛隊の俺達は陸での作業が殆どだ」
野田「その理論で行くと、俺達は肺魚か何かになるぞ」
日下部「相変わらず冗談が通じないな」
日下部「素直に『はい』って言ってりゃいいのに」
野田「馬鹿だと思われるよりはマシだ」
日下部「なっ……お前!」
君嶋「そこら辺にしておけ、日下部」
君嶋「下手に怒ると傷に障るぞ?」
日下部「しかし、少尉」
君嶋「とにかく、今はケガの治療に専念しろ」
君嶋「お前に寝込まれるとこっちも困るからな」
日下部「はい、分かったっす……」
君嶋「さぁ、行こう」
君嶋「中佐をいつまでも待たせるわけには行かないからな」
野田「分かりました」
野田「工長室まで先導します」
<横須賀基地 廊下>
君嶋「……野田」
君嶋「病院を出た時から言おうか迷っていたんだが」
君嶋「今のうちに言っておきたいことがある」
野田「何ですか?」
君嶋「この前の礼だ」
君嶋「お前が居なければ俺達は負けていた」
君嶋「だから……」
野田「それ以上は構いません」
野田「むしろ、助けられたのは自分の方ですから」
君嶋「……どういう意味だ?」
野田「少尉のおかげで、奴らに反撃することが出来たということですよ」
君嶋「しかし、やったのはお前だ」
君嶋「下手な遠慮はいらない」
野田「でも、貴方が居なければ自分は何もしていませんでした」
野田「あの攻撃を決心したのは少尉の言葉があったからです」
野田「あのとき、少尉は言いましたよね」
野田「俺達が逃げたら誰が彼女たちを守る、無理かどうかはやってみなくちゃ分からない、と」
野田「あれは……昔の自分が思っていたことそのままでした」
野田「少尉を見送った後も、それをずっと考えていて」
野田「そのおかげで、抵抗する決心がついたんです」
君嶋「……そうか」
野田「それだけですか?」
野田「もっと反応があると思ってたんですが」
君嶋「いや、日下部から少し話を聞いていてな」
君嶋「あまり驚くべきところもなかった」
野田「アイツ……勝手に」
野田「まぁ、今となってはどうでも良い事ですね」
野田「それより少尉、少しだけ昔話を聞きませんか?」
君嶋「俺は構わないが」
君嶋「いいのか?」
野田「どうせ何時かは話そうと思っていた話です」
野田「それに、日下部の話だけじゃ誤解を生みそうですから」
君嶋「そういうことを言って大丈夫か?」
君嶋「俺から日下部の方に漏らすかもしれないぞ」
野田「自分は少尉を信じる」
野田「……ということです」
君嶋「いつの間にかに随分と評価が上がってるな」
君嶋「それも昔話と関係があるのか?」
野田「まぁ……そうかも知れませんね」
野田「あの時裏切られたおかげで」
野田「信用できるかどうかを見分けるのは得意になりましたから」
君嶋「……そうか」
野田「あれは横須賀に移動になる前」
野田「防衛隊に入隊してからまだ1年ぐらいの事ですかね」
野田「アイツが……復権派の回し者がやってきたのは」
君嶋(……復権派か)
君嶋(良く名前を聞くのは、軍の中でそれだけ根の深い問題なんだろうな)
野田「アイツが防衛隊にやってきた夜、少尉と全く同じことを言っていました」
野田「国を守るのは軍人の仕事だ、女子供を盾にするのは間違ってるって」
野田「それを聞いて、俺を含めた同期達は熱狂しました」
野田「ちょうど防衛隊の実情を知って幻滅していた頃」
野田「あの言葉は自分たち十代の若者にとって魔法の言葉だったんです」
君嶋「……魔法の言葉か」
君嶋「確かにそうかも知れないな」
君嶋「事実、わざわざ呉からやってきた3人組も居たからな」
野田「アイツらにも忠告はしました」
野田「だが、彼らも俺達と同じだった」
野田「現実の戦闘や深海棲艦の力を全く知らずに、唯々自分の信じる正義を貫きたい」
野田「そういう一種の熱病のようなものにほだされていた」
野田「その結果、何の疑いもなく彼の言うことを信じ」
野田「自分たちを否定する人間を軍人でないとさえ思っていた時期がありました」
君嶋「それで……どうなったんだ?」
野田「結果としては単純です」
野田「あの時も、今回みたいに深海棲艦と戦って……負けた」
野田「一切抵抗できずに無残に沈められた」
君嶋「しかし、それだけでは」
野田「確かにこれだけじゃ今回と変わりません」
野田「でも、決定的に違うことがありました」
君嶋「それは?」
野田「自分達を扇動した奴が逃げたんです」
野田「アイツは敵を見かけた途端に退却命令を出した」
野田「敵は単騎で装備も士気も十分、戦うのなら絶好の機会だった」
野田「しかし、奴は敵と戦おうとはしなかった」
野田「幾ら反発しても『自分の一存では決められない』、『艦船保守が第一義務だ』と取り合わなかった」
野田「そのときになって初めて、俺達は今までのはただのパフォーマンスだったこと悟った」
野田「でも、気が付くのが遅すぎたんです」
野田「俺達がやっと現実を直視出来た時は、船はバラバラになって海の藻屑に」
野田「アイツを含めた仲間たちも海の底へと沈んでいた」
君嶋(俺も諦めていたら、あるいは……)
君嶋(いや、考えるのは止そう)
野田「まぁ……これが少尉を良く思っていなかった理由です」
野田「どうにも受け入れられなかったんですよ」
野田「俺達を裏切ったアイツと同じことを言う人間のことを」
野田「でも、少尉は逃げようとはしなかった」
野田「あの状況で、敵に食らいついて何とか船を生還させた」
野田「だから、今度こそ信じてみようと思うんです」
君嶋「今回は上手くいったかもしれないが」
君嶋「次は無いかもしれないぞ?」
野田「それで死ぬなら、本望です」
野田「貴方を信じなかった挙句、自分だけ生き残ったら」
野田「きっと、そのことを悔やみ続ける人生になります」
君嶋「……そうか」
野田「さて、話はこれぐらいで」
野田「工長室に付きました」
君嶋「もう着いたのか」
野田「それでは自分はこれで」
野田「工場の方が人手不足なので、応援に行ってきます」
君嶋「待て」
野田「何ですか? 話なら……」
君嶋「お前がどう思っているか知らないが」
君嶋「今回は勝利はお前のおかげだ」
君嶋「お前の活躍があったから、俺は勝利を諦めなかった」
君嶋「それは覚えておいてくれ」
野田「……分かりました」
野田「それでは、また」
君嶋「ああ」
<防衛隊基地 工場長執務室>
君嶋「失礼します」
室林「来たみたいだな、君嶋特務少尉」
君嶋「室林大佐?」
君嶋「五十嵐中佐は……」
五十嵐「ここに居るぞ」ガチャ
君嶋「…!」
五十嵐「おっと、悪い」
五十嵐「驚かせたみたいだな」
君嶋「いえ、大丈夫ですが」
君嶋「……どうして奥の扉から?」
五十嵐「お前が来るって言うからな」
五十嵐「生還祝いのスペシャルティーでもご馳走してやろうと思ってな」
君嶋「いや、自分には」
五十嵐「いいから、黙って貰っとけ」
五十嵐「室林の奴も話したいことがあるみたいだからな」
五十嵐「できあがるまでそっちの話を聞いててくれ」
君嶋「……分かりました」
五十嵐「それじゃあ、頼んだぜ」バタンッ
君嶋(相変わらず無茶苦茶な人だ)
室林「さて、さっそく本題に移るとしよう」
室林「今日君を呼んだのは他でもない」
室林「先日あった襲撃の件について話があるからだ」
君嶋「例の……奇襲攻撃のことですね」
室林「ああ、そうだ」
室林「この前に来たときはこちらの用事でゆっくりと話が出来なかったが」
室林「君も大変な目に遭ったみたいだな?」
君嶋「自分はまだマシな方です」
君嶋「全治数ヶ月の重傷を負った隊員も少なくありませんから」
室林「それでも当事者の1人であることには変わりない」
室林「それに、大変な目というのが負傷についてだけという訳じゃない」
室林「特に……3番艦の指揮をした君の場合はな」
君嶋「……大佐のお話というのは」
君嶋「指揮権の掌握の事についてでしょうか?」
室林「当たらずとも遠からず、と言ったところだな」
君嶋「罰を受けろと言うのなら甘んじて受けます」
君嶋「ですが、弁明をさせて貰うとすれば……」
君嶋「あの場面ではああする他ありませんでした」
室林「それはこちらも把握している」
室林「多少の問題はあっても軍規に則った行動であることには変わらない」
室林「海軍本部としては、君にいかなる罰則も与えるつもりは無い」
君嶋「……特別のご配慮、ありがとうございます」
室林「だが、本題はそこではない」
君嶋「それは……」
室林「知っての通り、今回の襲撃で我々海軍は甚大な被害を被った」
室林「横須賀、佐世保の両鎮守府は精鋭部隊を喪失し、横須賀の防衛艦隊は壊滅」
室林「次世代兵器……艦娘を実戦投入してから最大級の被害だ」
室林「報道規制が敷かれているおかげで国民の混乱は少ないが」
室林「海軍本部のみならず、陛下も今回の事態を重く見ている」
君嶋「陛下が……!」
室林「御前会議で陛下からお言葉を頂いたようだ」
室林「私にも正確な内容までは分からないが」
室林「事件での被害を耳に入れて、大層お心を痛められていたそうだ」
室林「陛下のお言葉ともあって上層部も色めき立っている」
君嶋「しかし、室林大佐」
君嶋「本題と言うのは一体何なんでしょうか?」
君嶋「……陛下のおられる御前会議と自分が関係あるとは思えないのですが」
室林「まぁ、そう慌てるな」
室林「話はこれで終わったわけじゃない」
室林「そういうゴタゴタもあって、貴官の処分話もお流れになったわけだが」
室林「真の意味で軍がゴタついている理由は別にある」
室林「何だか分かるか?」
君嶋「穴の開いた戦力の補充……でしょうか」
室林「間違いではないが、違う」
室林「確かに本部が穴の開いた戦力の補充に苦心しているのは事実だ」
室林「だが、それ以上に上層部は事態を深刻に受け止めている」
室林「それこそ帝国海軍の沽券にかかわる問題だと」
君嶋(上層部が面子に関わると言うと)
君嶋(まさか……)
室林「ああ、そうさ」
室林「既に軍令部では敵泊地への報復攻撃が計画、施行されつつある」
室林「艦娘投入以来、最大規模での動員計画だ」
君嶋「しかし、そのような話は……」
室林「それもそうだ」
室林「計画については、まだ一部の人間しか知らされていない」
室林「私を含めた軍令部中枢の人間や主力となる艦娘を保有する基地の司令官など」
室林「作戦に重要な役割を占める人間だけに」
君嶋「なら……なぜ自分にその話を」
君嶋「卑下するわけではありませんが、自分はそこまでの情報を得るに足る人間だとは思えません」
室林「いいや、そんなことはない」
室林「君は既に重要な役割を担っているはずだ」
室林「自分の任務を良く思い出してみろ」
君嶋(俺の任務は、この防衛隊で新兵器に頼らない部隊を編成すること)
君嶋(これが戦争で重要な役割を担うとすれば)
君嶋「……まさか」
室林「そうだ、次の報復戦では一般の軍艦も作戦に従事する」
室林「もっとも……前線での戦闘ではなく後方支援がメインだが、深海棲艦と会敵しない保証はない」
室林「だからこそ、君が艦長となり自分で作った艦隊を指揮する」
室林「それが本部の意向だ」
君嶋「しかし、指揮の経験など皆無に等しいです」
君嶋「あの戦いも仲間の協力と偶然が重なったからこそ生還できました」
君嶋「そんな状態で艦隊指揮など、自分には分不相応です」
室林「だが、君でなければならない」
室林「今回の件、上層部の……復権派ではかなり評価されている」
室林「今まで沈む一方であった防衛隊の船が、深海棲艦と互角の勝負をして、生還した」
室林「君には実感がないだろうが、深海棲艦が現れて以来の快挙と言ってもいい」
室林「だからこそ、君を艦長として船に乗せることで、在りし日の海軍に戻ることが出来る」
室林「本部の老人たちはそう考えているんだ」
君嶋「ですが、与えられた任務も満足にこなせていません」
君嶋「それに……自分は船も十分に守れたことが無い人間です」
君嶋「そんな自分が艦隊の指揮を執る資格など……」
室林「……美津島先生に詰め寄った時とは随分な違いだな」
室林「私としては、二つ返事で答えがもらえると思っていたのだが」
室林「本物の深海棲艦を知ってあの時の想いは変わってしまったか」
君嶋「そんなことはありません」
君嶋「彼女たちを守りたいという思いは変わっていない」
君嶋「いや、むしろ戦いが終わってからの方が強く感じています」
君嶋「ですが……」
室林「仲間の命を危険に晒したくない、か」
「全く、馬鹿な事を考える奴だな」
君嶋「……五十嵐中佐」
室林「早かったな」
五十嵐「最近の電気ケトルは直ぐに湯が沸くからな」
五十嵐「ほら、特製のブレンドティーだ」
室林「相変わらずいい色だ」
室林「少しは腕を上げたのか?」
五十嵐「さぁ? ここの奴らは気味悪がって飲んでくれないからな」
五十嵐「美味くなってるかは知らん」
室林「そうか……」
君嶋「それよりも、中佐」
君嶋「先ほどの言葉の意味は」
五十嵐「意味もなにも、そのままの意味だ」
五十嵐「室林の話を聞いて何を思ったが知らねぇが」
五十嵐「アイツらもお前に自分の安全を心配される義理は無いと思うってことだ」
君嶋「しかし、艦長となる以上は……」
五十嵐「確かに、艦長は船員の保護義務がある」
五十嵐「それは軍規でも決まってるルールだ」
五十嵐「でも、俺達はルールだけで動いてるわけじゃないだろ?」
君嶋「……ですが」
五十嵐「アイツらも、この先に危険が待っていくことぐらい分かってる」
五十嵐「マトモに戦えたことすら無い敵に挑むんだからな、当然だ」
五十嵐「だが、それが分かっていてもお前に付いていく」
五十嵐「それは誰かに言われたからでも、命ぜられたからでもなく」
五十嵐「アイツら自身がお前に協力したいと感じたからだ」
五十嵐「今のお前がどう思っているが知らないが、お前が奴らの感情に火をつけたのは間違いない」
五十嵐「だから、黙ってその役目を引き受けろ」
五十嵐「それがお前の任務であり、言い出しっぺの責任ってヤツだ」
君嶋(そうか……そうだったな)
君嶋(アイツらを焚き付けたのは他でもない、この俺だ)
君嶋(勝手に分かっていたつもりになっていたが、そうじゃない)
君嶋(与えられた任務の責任に圧倒されて信念を曲げるなんて)
君嶋(上辺だけをなぞって、自分をその気にさせていただけだ)
君嶋(だから……)
室林「どうだ? やってくれるか」
君嶋「……先ほどの答えは無かったことにしてください」
君嶋「あれは保身に走った世迷言です」
室林「では、君嶋大悟特務少尉」
室林「貴官を帝国海軍特務中尉とし、特殊機動艦隊長に命ずる」
室林「本令は作戦活動の開始を持って発令」
室林「以降は聯合艦隊司令長官の指揮下に入ることとなる」
君嶋「承知しました」
君嶋「君嶋大悟特務少尉、身命を賭してその大命を受けさせて頂きます」
五十嵐「ひと段落ついたみたいだな」
五十嵐「さて、こいつがやる気になったところで聞いておきたいが」
五十嵐「当然……予算は出るんだろうな?」
室林「ああ、もちろんだ」
室林「既に上の方に掛け合ってはいるが」
室林「彼が協力してくれたおかげで事が簡単に進みそうだ」
五十嵐「そりゃあ、良かった」
五十嵐「ウチも何時までもこのままじゃマズイからな」
五十嵐「また新海軍の方に予算が取られちまうかと思ってたところだ」
君嶋「あの……先ほどから何の話を?」
五十嵐「ああ、説明してなかったな」
五十嵐「改修工事にかかる予算の話だ」
君嶋「改修工事?」
五十嵐「今回のいざこざで使える船が無くなっちまったからな、そいつの改修工事だ」
五十嵐「敵泊地の強襲戦となれば動ける艦艇は何かと入用だ」
五十嵐「だから、予算が出るのを見越して動員計画を作ったっていう訳だ」
君嶋「ですが、アレが数ヶ月で動くようになるものでしょうか?」
君嶋「宗方兵曹長は手の施しようがないと言っていましたが」
五十嵐「ああ、そりゃ直ぐには無理だ」
五十嵐「あの艦の損傷状況は俺のところにも来たが」
五十嵐「ここのドックじゃ復旧が無理なことぐらい分かる状態だった」
室林「言っておくが、新造艦を作れるほどの予算は出せないぞ」
室林「中央の方も戦闘準備で予算をかき集めてる状態だ」
室林「新海軍ならともかく、防衛隊にそこまで金はまわせない」
五十嵐「ああ……それは重々承知だ」
五十嵐「だから、俺の案としてはこうだ」
五十嵐「まず埠頭に繋がれたまま手をこまねいていた3番艦の修復案を破棄、とりあえず使える人員を確保する」
五十嵐「次に、空いたままのドックに予備艦を入渠させて改修工事を行う」
五十嵐「突貫工事になっちまうかもしれないが、とにかく半年後の大規模作戦に間に合わせる」
五十嵐「それなら少ない予算で戦える船が手に入るだろ?」
室林「だが、それだと横須賀の基地から船が無くなるぞ」
五十嵐「ウチの仕事内容じゃ、あっても無くても大して変わらない」
五十嵐「どうしても必要になったら、そっちが手を回してくれるだろ?」
室林「船までよこせとは……要求の多い奴だ」
室林「だが、軍令部としてもここの防御が薄くなるのは困る」
室林「あくまで他の基地の所属となるが、予備の船をいくつか手配しよう」
五十嵐「ああ、ありがたい」
君嶋「それで、五十嵐中佐」
君嶋「改修するという予備艦というのは?」
五十嵐「お前も知っているはずだぞ」
五十嵐「前にお前が愚痴を吐いてた森二等お気に入りの船だ」
五十嵐「候補は他にもあったが、アイツが一番都合がいいからな」
五十嵐「真面目に改修すれば深海棲艦とやり合えるかも知れないのも大きい」
君嶋(あの、埠頭に繋がれたままの老朽艦か……)
室林「まぁ……それで出来るなら後はそちらに任せよう」
室林「では、君嶋特務少尉」
室林「詳細な委任状などは後日送付する」
室林「今日の話は以上だ、下がってくれて構わない」
君嶋「はい」
五十嵐「後、予備艦の改修計画の会議にはお前も顔を出せ」
五十嵐「船の基本装備やらなんらや知って置いて損は無いはずだからな」
五十嵐「何時かは決まってないが、予算案の正式な認可が下りたら直ぐにでも始めるつもりだ」
五十嵐「それと……今日聞いたことは内密にな」
五十嵐「余計な情報を出して隊員を混乱させたくない」
君嶋「承知しました」
君嶋「今日の話は自分の胸に留めておきます」
君嶋「それでは、失礼いたします」
ガチャ バタン
五十嵐「さて……お前の目論見通りか? 室林」
室林「目論見? 何のことだ」
五十嵐「お前が俺を巻き込まないようにしているのは分かる」
五十嵐「だが、俺だって伊達に中央に居たわけじゃない」
五十嵐「そっちの動向を探るぐらいのパイプは持っている」
室林「…」
五十嵐「今回の件で、本部の復権派は大分活気づいてるみたいだが」
五十嵐「このままじゃマズイんじゃないのか?」
室林「何が不味いというんだ」
五十嵐「俺もお前も先生の教え子だ」
五十嵐「テメェが考えてることは俺にだって分かる」
五十嵐「だが、このままだと新海軍と旧海軍の溝は深まるばかりだぞ」
五十嵐「それに……君嶋少尉についてもそうだ」
五十嵐「末端はそうでもないが、本部じゃ復権派の急先鋒だってことになっている」
五十嵐「今は良いかもしれないが、そのうち苦しむことになるぞ」
室林「分かってるさ」
室林「でも、俺には他に方法が思いつかない」
室林「それに……ここまで来たら止められない」
室林「全てが終わった後に何が待っていようとも」
五十嵐「尻拭いのお鉢がこっちに周ってくるのか」
五十嵐「あの頃はどっちかつうと逆だったのに」
五十嵐「未来ってのは分からないもんだな」
室林「だからこそ、やってみる価値がある」
室林「そうだろ?」
五十嵐「さぁ……どうだかな」
<防衛隊基地 士官執務室>
日下部「よっ……」コツ コツ コツ
日下部「少尉、これが頼まれた資料です」サッ
君嶋「ああ、すまない」
君嶋「悪いな、まだ足が完治してないというのに」
日下部「気にしないでくださいよ」
日下部「悪いのは足だけですし、これでも思ったよりは自由に動かせるんす」
日下部「今なら軽いジョギングぐらいは出来るっす」
君嶋「そうは言っても松葉づえだろ」
君嶋「そんなので本当に走れるのか?」
日下部「まぁ、神経は完全に元通りですからね」
日下部「骨が折れてるだけで、動かそうと思えばどうにかなるっす」
日下部「医者もギプスがあれば多少の無茶は大丈夫だって言ってましたから」
君嶋「本当か?」
日下部「最近の医療技術を舐めない方がいいっすよ」
日下部「指が1本ぐらい無くなっても再生できるなんて話も聞きますから」
君嶋「失くした指を再生?」
君嶋「……そんなことが出来るのか」
日下部「ま、専門家じゃないんで断言はできないっすけど」
日下部「大金を積めば出来るって話です」
日下部「艦娘たちが持っている治癒能力か何かの研究で」
日下部「ここ十年で再生医療は1世紀は進んだなんて言われてるんですから」
君嶋「そう、なのか」
君嶋(未だに……こういうのは慣れないな)
君嶋(頭では分かってるつもりでも実感がわいてこない)
君嶋(いずれは本当の意味で馴染むときが来るのだろうか)
日下部「どうかしましたか?」
君嶋「いや……何でもない」
君嶋「それより、治るんだったら早く治してもらわなくちゃな」
君嶋「工場の方は1人でも人手が欲しい時だろうから」
日下部「そうですね」
日下部「ケガで休養していた隊員も戻っては来てますけど、まだ全員って訳じゃないし」
日下部「何より、あの大本営発表の後ですから」
日下部「自分だって足の具合が良かったら、すぐにでも応援に行ってるところっす」
君嶋「大本営発表か……」
日下部「はい、自分も何かしらの動きはあるだろうなとは思ってったんすけど」
日下部「まさか1ヶ月も経たない内に報復作戦の発表なんて」
日下部「さすがに予想して無かったっす」
君嶋「まぁ、そうだな」
君嶋(確かに……あの話を聞いてから3週間足らずで発表があるとは思わなかった)
君嶋(まだ例の船の改修や俺の内示の話は出てないようだが、それも時間の問題か)
日下部「でも、戦闘になるなら……少尉」
日下部「いよいよ少尉の出番じゃないすか?」
日下部「野田や宗方兵曹長も何だか柔らかくなってきたし」
日下部「今度こそ、深海棲艦を倒せるチャンスが巡って来たっすよ」
君嶋「ああ……やっと雲の上の話が手が届くところまでやって来た」
君嶋「でも、それはそれだ」
君嶋「お前の足はまだ完治していないし、俺は指揮官にはまだまだ未熟だ」
君嶋「今の俺達のやることは変わらない」
君嶋「目の前の仕事を片付けて、戦いに備えることだ」
日下部「まぁ、そうっすけど」
日下部「なんか……肩透かしを食らった気分です」
日下部「前の少尉はもっと、こう……」
日下部「思ったままに行動してたというか、もっと自分に正直じゃありませんでした?」
君嶋「これ以上、後先考えずに行動しても周りに迷惑をかけるだけだからな」
君嶋「少しは自重することにしたんだ」
君嶋「人の命を預かるというのに、何時までも直情径行でいる訳にはいかないだろ」
日下部「そうですか……」
日下部「しばらく入院して、少尉と離れていたせいもあって」
日下部「なんだか自分だけ取り残された気分っす」
君嶋「別に中身は変わってないさ」
君嶋「だが、この前の戦いで分かったんだ」
君嶋「深海棲艦は俺が思っているほど甘い敵じゃない、奴らとやり合うなら相応の覚悟が必要だってな」
日下部「少尉も色々考えてるんすね」
日下部「着任した時に『海軍を変える』なんて言ってのが懐かしいです」
君嶋「もちろん、それだって諦めたわけじゃない」
君嶋「ただ、今はそれよりも重要なことがあるからな」
君嶋「それも含めて『目の前の仕事を片付けろ』と言ったんだ」
日下部「はは……そうっすか」
日下部「だったら、自分もさっさと足を治すさなきゃいけないですね」
日下部「今のところ、コレが一番の仕事っすから」
君嶋「ああ、そうだな」
コン コン コン
日下部「……来客みたいですね」
日下部「最近はめっきりご無沙汰だったのに、誰ですかね?」
君嶋「特に心当たりはないが」
君嶋「取りあえず、いいぞ」
ガチャ
「失礼します」
君嶋「ん、お前は……」
日下部「森二等? どうしてここに」
森「えー、その」
森「君嶋少尉に用事がって来ました」
日下部「少尉に用事? 一体何の」
森「それは……」
君嶋「言っておくが、船の話なら聞かないぞ」
君嶋「この前は1時間以上も延々と話を聞かされたからな」
森「いや、そう言われても」
森「自分も工長に命令されて来たんで」
森「話を聞いてもらわないと困ります」
君嶋「で、どんな用事なんだ?」
森「工場長からの呼び出しです」
森「至急、本棟の会議室まで連れて来るようにと」
君嶋(中佐からの呼び出し……例の改修計画についてか?)
君嶋「分かった、直ぐに行こう」
君嶋「日下部、悪いが後は頼んだ」
君嶋「署名が必要な書類は机の上にまとめておいてくれ」
日下部「任せてください」
日下部「足が動かない分、しっかりと手を動かしますんで」
君嶋「ああ、頼んだ」
君嶋「それじゃあ行くぞ、森」
森「あっ、はい」
森「じゃあ、日下部一等もお大事に」
日下部「はい、養生しておきます」
<防衛隊基地 会議室>
コン コン コン
森「君嶋少尉をお連れしました」
五十嵐「おう、入ってくれ」
君嶋「失礼します」
五十嵐「よし、取りあえず図面が見える所へ来てくれ」
君嶋「これは……」
宗方「ドックに入れられてる骨董品も同然の船の図面だ」
宗方「ウチにあった予備が紛失しててな」
宗方「かつての造船会社に問い合わせて、ようやく同型のものを手に入れてきたんだ」
君嶋「兵曹長?」
君嶋「あなたも計画に参加を」
宗方「当たり前だ」
宗方「俺はここの現場を取り仕切ってる技術部のトップだ」
宗方「ドックを使う以上は俺達が居なきゃ話にならん」
宗方「それに船の改修ならウチが絡まないわけには行かない」
宗方「その証拠に兵器担当には大門、機関担当に森が参加しているからな」
大門「お久しぶりです、少尉」
大門「あれ以来どうも工場の方が忙しくて」
大門「こんなところで会うとは思っても居ませんでした」
君嶋「ああ、こちらこそ」
君嶋「日下部も工場の方を心配していた」
君嶋「足が良くなったら自分も現場の応援に行きたいと」
大門「……そうですか」
大門「気持ちは嬉しいですけど、治療に専念するように伝えてください」
大門「彼の本分は海上任務ですから」
君嶋「分かった」
君嶋「本人にはそう伝えておく」
五十嵐「話は終わったか?」
五十嵐「取りあえず、まだ呼び出した面子がそろってねぇからな」
五十嵐「俺が持って来た紅茶でも飲んでてくれ」
五十嵐「そいつは最近仕入れた茶葉を使っててな、それを……」
コン コン コン
五十嵐「はぁ……そういうことかい」
五十嵐「いいぞ、入れ」
野田「失礼します」
野田「野田上等水兵、本条大尉をお連れしました」
五十嵐「……特に席なんかは決まっていない」
五十嵐「その図面が見える辺りに居てくれ」
君嶋「野田?」
君嶋「どうしてお前が」
野田「実際の戦闘に参加した兵士として呼ばれました」
野田「何でも、現場の意見が欲しいとかで」
五十嵐「ああ、聞いた話じゃコイツお蔭で沈まずに済んだらしいからな」
五十嵐「次の作戦に生の声を届けようって訳だ」
五十嵐「そんでもって、こっちは……」
本条「深海棲艦ついて詳しいのは我々だからな」
本条「アドバイザーとして呼ばれた訳だ」
本条「尤も、本当はこんなことに現を抜かしていられるほど暇ではないのだが」
本条「美津島提督に来られても困るからな」
本条「仕方なく私が来たということだ」
君嶋「そう……ですか」
五十嵐「よし、これで粗方そろったな」
五十嵐「後は室林も奴も来るとは言っていたが……話をする分にはこれだけで充分だろ」
五十嵐「じゃあ早速本題の改修案に入ろうと思うが」
五十嵐「その前に、兵曹長」
五十嵐「ざっと例の予備艦の船の状態を説明してくれ」
宗方「……はい」
宗方「まず、あの船の基本情報についてだが」
宗方「色々と調べた結果……あいつ自身はかなりのスペックを持っていることが分かった」
宗方「駆逐艦のサイズい似つかわしくない重厚な装甲と、その重量でも十分な機動力を確保する大型蒸気タービン」
宗方「今までうちの基地で使ってた護衛艦が玩具に見えるぐらいの代物だ」
君嶋「しかし、そんなものが……」
君嶋「なぜ置物同然の扱いに?」
宗方「詳しくは俺にも良く分からん」
宗方「だが、こいつが竣工した頃に海軍の分裂騒ぎがあったらしい」
宗方「その絡みで防衛隊に移管されては良いが、性能を持て余したまま放置されてたんだろうな」
宗方「そもそもの設計思想が対深海棲艦用の次世代型戦闘艦だ」
宗方「小型艦の機動力をそのままに高火力、高耐久で敵を葬ることを目的としている」
宗方「当然、護衛や周辺警備ぐらいにしか役目が無い防衛隊には猫に小判」
宗方「無駄に燃料を食うだけの、金食い虫みたいなもんだったんだろ」
宗方「そんな訳で稼働させずに係留されたまま、今の今まで忘れ去られたというわけだ」
野田「なら、改造の必要はないのでは?」
宗方「そういう訳にもいかないな」
宗方「操舵関連のインターフェイスは旧式で使いにくい上に、オートパイロットも積んでない」
宗方「船内通信も救難艇の信号を拾う程度で、常用はいちいちパイプに向かって大声を出なきゃならない」
宗方「これじゃあ、幾ら本体のスペックが良くても」
宗方「最近の船に慣れたお前達が操艦するのは無理がある」
君嶋「それで、兵曹長」
君嶋「あの船はちゃんと動くのですか?」
君嶋「いくら改修をすると言っても、元がダメなら難しいと思うのですが」
宗方「その点については問題ない」
宗方「船体もサビが浮いているが、中身は無事だ」
宗方「馬鹿みたいに厚い装甲を持ってる船だからな」
宗方「ブラストかなんかでサビを落として、再塗装してやれば十分見栄えは良くなるだろ」
宗方「おまけに、主機については何処かの物好きが……」
森「ああ、はい!」
森「アレなら何時でも動かせるはずです」
森「自分がちゃんと整備してましたから」
宗方「そういう訳で動作保証は十分」
宗方「取りあえずは今のままでも実用には耐えられるはずだ」
宗方「まぁ……エンジンまで交換となったら他の船を土台にした方が早いけどな」
宗方「とにかく、改修する母体としては全く問題ない」
宗方「機関関連はどうせ技術部の人間を常駐させるだろうし」
宗方「通信の方はケーブルでも敷設して、有線の通信網を整備してやればそれなりのモノになる」
宗方「無線なんて洒落たモノを使う敵でもないからな、いっそ短距離無線の環境でも構築してやればいい」
宗方「問題があるとすれば、兵装についてだが……」
宗方「そこらへんは大門から聞いてくれ」
大門「今の話で大体想像がつくかもしれませんが」
大門「こちらはハッキリ言って、あまりいい状態とは言えません」
大門「まず、現在装備されている基本兵装のおさらいですが」
大門「主砲は50口径の15cm単装砲」
大門「副砲は資料の紛失で確認できませんでしたが……恐らく12cmの速射砲」
大門「機関砲については両舷に数門、高射砲は十数門配備されており、機銃の数は今の護衛艦より多いです」
大門「また、魚雷は2連装の水上発射管が備え付けられています」
大門「……他にも色々とありますが、基本はこの程度です」
本条「それで? それの何処が問題なんだ」
本条「実際に深海棲艦とやり合えるかは置いておいて」
本条「軍艦に疎い私には充分な武装のように聞こえるが」
大門「確かに、カタログだけで見れば十分かもしれませんが」
大門「現実的な問題を考えれば、山積みもいいところです」
大門「副砲は資料が紛失しているため型式の照合から始めなければなりません」
大門「また、魚雷もかなりの旧式で、現在保有しているモノが流用できない可能性が高いです」
大門「機関砲についても動作を確認していないので、どこまで動作するか……」
君嶋(……こちらはあまり良くないな)
君嶋(まぁ、森も兵装までは弄っていないというし)
君嶋(当然と言えば、当然の結果か)
宗方「と、まぁ……こんな感じだ」
宗方「細かいことはそこの図面に詳しく書いてあるが」
宗方「話してたところで分からんだろうから省略させてもらう」
五十嵐「ご苦労、2人とも」
五十嵐「こっから話し合いを始めていきたいと思うが」
五十嵐「何か意見はあるか?」
野田「はい」
五十嵐「何だ、野田上等」
野田「今の話で現状は分かりました」
野田「でも、自分たちは何を標的としているのでしょうか?」
野田「単に深海棲艦と戦うといっても、奴らにも色々な種類が居ます」
野田「奴らと戦って勝つなら、それこそ標的を絞って」
野田「そいつに特化した船にするべきだと思います」
五十嵐「ああ、もっともな意見だ」
五十嵐「本当はもうちょっと後に話をしようと思っていんだが」
五十嵐「この際順序はどうでも良いだろう」
五十嵐「本条大尉、頼んだ」
本条「……了解しました」
本条「まず話に入る前にハッキリさせておくが、君嶋特務少尉」
本条「私がここへ来たのは善意でも何でもない、ただ提督の命令に従ったまでだ」
本条「だから、与えられた任務以上の事はしないし」
本条「情にほだされて要らぬことまで言うつもりは無い」
君嶋「それは、当てつけですか?」
本条「そう思うならそう思えばいい」
本条「私は私の心づもりを話しただけだ」
本条「貴様がこれをどう受け取ろうと知らん」
君嶋「……そうですか」
野田「待ってください、大尉」
野田「今の発言は見過ごせません」
野田「幾ら防衛隊の問題だからと言って、アレはあんまりです」
野田「あなたも軍人なら俺達の気持ちが分かるでしょう?」
本条「分からんな」
本条「わざわざ死に行くために、船の改修をするような人間の気持ちは」
本条「でしゃばったことなどせずに私たちに任せておけばいいものを」
野田「なっ……!」
五十嵐「落ち着け、野田」
五十嵐「今日はケンカするために集まったんじゃないんだぞ」
野田「しかし、工長」
野田「これでは話し合いになりません」
野田「向こうが端から協力する気がないなら、自分たちだって手を貸す道理はありません」
森「あ、あの……」
本条「何をバカなことを」
本条「そもそも協力する気がないなどとは言っていない」
本条「ただ、任務以上の事はしないと言っただけだ」
野田「同じことだ」
野田「そうやって新海軍の奴らは口だけ達者で信用ならない」
君嶋(野田の奴、妙に熱くなっているな)
君嶋(俺が焚きつけた面もあるが、昔の事がよっぽど悔しんだろう)
君嶋(だが、このまま俺が割って入ってもややこしいことになるだけだろうし)
君嶋(……ここは様子を見ておくか)
野田「あの時もそうだ」
野田「上辺では協力すると言っておきながら、俺や仲間たちの話なんか聞かなかった」
野田「その所為で、俺達は……」
宗方「その辺にしておけ、野田」
宗方「お前に何があったかは知らないが」
宗方「今はお前の個人的な話に付き合ってる暇は無い」
大門「兵曹長……」
大門「それじゃあ、火に油を注ぐようなもんですよ」
宗方「良いんだよ」
宗方「これぐらい言わなきゃ分からねぇんだから」
野田「いや、分かってますよ」
野田「自分も頭では時間の無駄だなんてことは百も承知です」
宗方「なら良いじゃねぇか」
宗方「この話はこれで終いにして、さっさと……」
野田「でも、だからと言って見過ごせません」
野田「初めは任務だから仕方ないと思っていましたが、話を聞いて思い直しました」
野田「こんなことを言う新海軍と協力なんかできません」
野田「敵の情報なら俺達だって持っているんです」
野田「だったら、新海軍に頼る必要なんかありません」
野田「俺達は俺達だけの力で戦うべきなんです」
野田「そうですよね、少尉!?」
君嶋「だが、そうは言っても……」
君嶋(それじゃあ意味がないだろ)
森「ちょっと……」
宗方「いい加減にしろ! 野田」
宗方「今は防衛隊や新海軍がどうこう言ってる場合じゃない」
宗方「あと数ヶ月で、あの老朽艦を敵とやり合える戦艦に改造しなきゃならない」
宗方「そのためには時間が1分1秒でも惜しいんだ」
宗方「だから、お前の考えがどうこう話は……」
野田「なら、少尉が死んでもいいんですか!」
君嶋(どうしてコイツがそれを……)
君嶋(船の改修はともかく、俺の任務はまだ公表されていないはずだ)
君嶋「……五十嵐中佐」
五十嵐「いや、俺は話してない」
五十嵐「船の改修に意見を貸してほしいと言っただけで」
五十嵐「お前の任務については何も話してない」
野田「やっぱり……そうでしたか」
野田「おかしいと思ったんですよ」
野田「ここのところやけに少尉を部屋に呼ぶことが多かったし」
野田「軍令部の大佐まで横須賀の基地に来ている」
野田「そんな時期に偶然老朽艦の改修があるなんて、出来過ぎている」
野田「自分の睨んだ通りでした」
本条「末端に機密がバレる組織か」
本条「ここの話し合いも外に漏れなければ良いな」
大門「……また何を言ってるんですか」
大門「これ以上面倒な事態にしないでくださいよ」
野田「とにかく」
野田「少尉が乗る船を作る以上、手を抜く訳には行きません」
野田「ですから、本条大尉」
野田「貴方が防衛隊に全面的に協力するか、ここを去るかをハッキリさせない限り」
野田「自分は話を続けるつもりはありません」
本条「何度も言っているが、私は協力するつもりだ」
本条「そのためにわざわざ向こうから出向いてきたのだ」
本条「どうして聞き分けがないのか理解できないな」
野田「だから、その言い方が信用ならないんだ」
君嶋「2人ともいい加減に……」
ダンッ
「いい加減にしろよッ!」
野田「も、森上等……?」
森「さっきから黙って聞いていれば」
森「毒にも薬にもならないことをクドクド、クドクドと」
森「一体、何考えてんだよ!」
野田「何って、そんなの決まってる」
野田「俺は少尉のために……」
森「だったら、さっさと話を進めろ」
森「今日、僕がここへ来たのは他でもない」
森「あの船を改修するための話し合いに来たんだ」
森「それをさっきから『気に食わない』だとか『信用ならない』だとか」
森「そんな下らないことを話すために集まったんじゃない!」
野田「だが、森」
野田「ここで話をつけておかないと」
森「つけておかないと、何だ?」
森「それでアイツがポンコツになったりするっていうのか?」
森「確かに話が纏まらなかったら、思ったように計画が進まないかもしれない」
森「でも、それでも、あの船がダメになるなんてことは無い!」
森「そんなことは……他の誰でもない、この僕がさせない」
野田「お前……」
森「正直、本当の事を言ったらアイツを改造するなんてことはしたくない」
森「アイツには何時までもあのままで、僕の知ってるままでいて欲しかった」
森「けど、今度ばかりはそうはいかない」
森「防衛隊の船が無くなって動くのがいよいよアイツだけになった」
森「それも今の話じゃ、そこの君嶋少尉が乗るっていう話だ」
森「だったら、僕は全力を出してアイツを改造する」
森「深海棲艦にだって負けない立派な軍艦にしてやる」
森「それが今の自分のやるべきことだと思うから」
野田「だが……」
森「もう、これ以上茶々を入れないで欲しい」
森「これはアイツの……あの置物同然だって言われた4番艦の晴れ舞台なんだ」
森「僕はそれに持てる全てを捧げたい」
森「それが、僕に出来るアイツへの背一杯だと思うから」
野田「…」
君嶋「さて、こいつはこう言ってるが」
君嶋「……これ以上続けるか? 野田」
野田「いえ……」
野田「悪かった、森」
野田「熱くなりすぎて、やるべきことを見失ってたみたいだ」
森「分かってくれたら良いさ」
森「正直、言い過ぎた部分もあるかもしれないし」
本条「……やっと小競り合いが終わったか」
本条「取りあえず、今までの事は不問としておこう」
本条「ただ、先ほどの発言を取り下げるつもりは無いからな」
本条「そのところは了解してもらおう」
森「いいですよ、別に」
森「自分は話し合いさえ進めば構わないので」
森「大尉の心づもりとかは興味ありませんから」
本条「フンッ……」
大門「森、発言には気を付けろ」
大門「滅多な事を言ってこれ以上話し合いから脱線したくない」
森「あっ、はい!」
森「すみません」
五十嵐「まぁ、そんなことはいいさ」
五十嵐「大分時間も使ったからな」
五十嵐「さっさと進めないと日が暮れちまう」
五十嵐「というわけで大尉、さっきの話の続きを頼んだ」
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