いじめられ体質を乗り越えた俺の武勇伝。
イマドキのみんなには漫画のように出来すぎと感じるだろうけど、昭和のガキどもの世界ってこういう感じだったんだよ。
中学校に入学したばかりのころ。
中1にして身長180cm弱、体重100kgオーバーのデブ男とクラスメイトとなったのだが、このデブ男、浅黒い強面で言動は粗暴、あっという間にクラスのイキがった連中まとめ上げいじめグループを形成した。
気の弱そうな奴はデブ男率いるグループに小突かれ、女子は胸を触られたりスカートめくられるなどやりたい放題。
皆、デブ男グループになるだけ近寄らないように最初の1学期を過ごした。
最悪だったのは2学期の始まりの席替えで
俺の真後ろの席にデブ男がやってきたことだ。
今でこそ日本人平均以上の体格を持つ私ではあるが、当時は身長160cmちょいの痩せ型。
自己主張の弱い「ただのガキ」である。
授業もろくに聞かず暇を持て余したデブ男にとって、おれは暇つぶしには格好の標的だったのだろう。
授業中に背中を鉛筆で刺す、定規で頭を叩く、言いがかりをつけては拳で殴るなどのちょっかいを毎日のように受けた。
デブ男グループの連中も便乗してくる。
すっかりいじめられっ子状態に。
やがてちょっかいでは済まされないレベルに達し始めてきた。
そんな様子をたまたま教室の前を通りがかった幼馴染の親友Aが目撃したらしい。
Aは体形こそ俺と同じくらいだが、頭脳明晰、スポーツ万能、リーダーシップもある。
唯一難点があるとすれば自己主張が強すぎて付き合うのがたまに面倒になることだ。
Aは、よってたかって小突かれる俺の無様な姿にとても悔しい思いを抱いたらしく、放課後俺を呼び出しキツイ口調でこう言った。
「我慢していい時と悪い時がある」
Aとは幼いころから一緒に剣道場に通った仲でもある。
競技としての剣道だけではなく、組み合い、当て身など
剣を持たない状況での戦い方まで指導する武術色の強い道場であった。
何かにつけて華のあるAに比較して私は気も弱く地味だったゆえ、周囲も自分自身も気付いていなかったのかもしれない。
才能豊かなAともそこそこ対等に渡り合える力は長年の稽古で培われていたのだ。
そのことは俺自身よりAのほうがよく分かっていたのだろう。
「あいつ、ただのデブじゃん。お前が負けるわけがない」
「でも相手は6人がかりだよ」
「烏合の衆が暴れる奴相手にチームプレイなんかできない。
誰かひとり倒せばそれ以上の反撃はない。
どうせなら頭を叩くのが一番。(道場の)先生言ってたじゃん」
「先生じゃなくてどっかの漫画でしょ、それ」
「まぁ、思い切ってやってみなって。
先生は習ったことを喧嘩に使っちゃいけないって言ってたけど、このままじゃお前ずっとこの生活続くぞ」
「・・・」
「お前は気合が足りないんだよ。
最初のうちにヤメロって怒鳴っておけばこんなにエスカレートすることはなかったんだ」
「・・・」
A、これで同じ中1である。とても同じ年のガキとは思えない、時に煩わしく時に頼もしい存在だ。
俺とAとの関係は大人になった今でも変わらない。
そうは言われたものの、普通の大人以上の体格を持つデブ男、現在進行形で成長中。
そんな奴に「ただのガキ」としてはやはり身がすくむ。
だが、その時は来た。
とある昼休み、教室の隅でデブ男グループに四方八方から頭をはたかれ、けりを入れられ、罵声を浴びる。
シャツの前ボタンをぶち切られ上半身がはだけたとき、ついに俺の中でスイッチが入り道場での稽古さながらの気合を発しながら
正面にいたデブ男を両手で突いた。
重い。
体重差倍近くである。
突き押してもビクともしない。
すかさずデブ男の反撃が始まった。
頬を殴られたあと胸を突かれよろけながら数歩後退。
やっぱダメだと思ったとき教室の入り口からAの声が聞こえた。
「間合いを取れ」
デブ男たち、見て見ぬふりをしていたクラスメイトたちが俺とAをかわるがわる見る。
デブ男グループの一人が
「なんだよ、てめぇ」
とAに詰め寄る。
Aは難なくそいつを足払い一つで床に這いつくばらせる。
この落ち着き払った態度、まじ中1なんかい、こいつ。
だがその光景が俺に落ち着きと勇気を与えた。
Aの言うとおりに間合いを取りじっとデブ男を見たら、パンチがのろいのろい。
デブだけに出足も鈍い。
猛スピードで絶え間なく飛び込んでくる竹刀を捌くことに比べたら
まったく当たる気がしない。
一方俺のパンチは面白いように当たる当たる。
殴っては遠間に逃げを繰り返す。
ボクシングでいえばヒット&アウェーってやつだろう。
ただ、体重の差はいかんともしがたい。
ボクシング経験者ならこれだけのスピード差のある相手、チンあたりを打って一発KOを狙うのだろうが、俺は拳での殴り合いに関しては基本的に門外漢。
そのことが逆に、著しい体格差とパンチング技術のつたなさゆえの
”倒せない拳”が延々と一方的にデブ男の顔を叩き続けるという
ある意味凄惨な展開を生み、
ついにデブ男は反撃どころか防御の仕草すらできなくなり鼻血だらだらで戦意喪失。
Aが割り込みその場の決着はついた。
Aは
「よくやった、よくやった」
と俺の肩に手を回す。
デブ男グループはそのまま退散。
ギャラリーのクラスメイト達はレスラーのような体格のデブ男に挑んでいった
「ただのガキ」の俺を驚きの目で見ている。
その後担任と学年主任に俺とデブ男は職員室に正座させられ
延々と説教受ける羽目になるのだが、デブ男の傍若無人な振る舞いはすっかり息をひそめ、クラスの秩序は回復した。
デブ男を殴っている最中俺はボロボロ涙を流していたようだ。
それ以来、俺は「泣けば強い奴」という評判が学内に広まった。
学年が変わりクラス替えがあったものの何の因果かデブ男とはまた同じクラスとなった。
だが、そのころにはデブ男との関係性は決して悪いものではなく、むしろ一緒につるむくらいの仲になっていた。
拳が生み出す友情、昭和ならではの話だろうか。
時が過ぎ中学を卒業後の数ヶ月後、デブ男がスカウトされ相撲界に入ったことを新聞の地元欄で知った。
15歳で身長185cm、体重135kg。
スカウトされるには申し分ない体格かもしれない、が、あの出足の悪さで通用するのだろうか?
元大関・朝潮などは、180kgの巨体で100mを14秒台で走るという。
正直、デブ男が通用するとは思えなかった。
さらに数年経ち、地元のお祭り会場の出店で焼きそば売っているデブ男を見た。
頭に髷はなく、パンチパーマでアロハシャツ。
薄い色付きの小さなメガネ。
どう見てもあっちの世界の住人だろ。
ああ、やっぱりお相撲はダメだったんだ。
厳しい世界だもんな。
ただ、デブ男の周りにはチンピラ風情の連中がうようよしている。
みなデブ男のことを兄さんと呼んでいる。
こういうコミュニティを形成できるところを見ると、
「ただのデブ」というには過小評価なのかもしれない。
俺は中学のときと同じく呼び捨てで声をかけてみた。
デブ男は満面の笑みで表まで出てきて俺の肩を抱きしばらく談笑し、俺とその時一緒にいた友人数名分の焼きそばをおごってくれた。
デブ男と対等の態度で接する俺に対し、チンピラ風情の取り巻きたち、俺のことまで兄さんと呼ばわりするようになった。
コイツ等、時々飲食店街でたむろしているところに出くわすのだが、俺を見るとビシっと直立し、
「兄さん、お疲れ様です」
と頭を下げる。
これにはちょっと困惑もしているのだが。周囲からなんか勘違いされそうで。
おれは立派なカタギであるがゆえ。
いじめられ体質を乗り越えられたのはAのおかげもあるが、やはりこのデブ男の存在あってこそだと今では感謝もしている。
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