【モバマス】渋谷凛「八割、二割」
この感情が生まれたのはいつからだったか。
プロデューサーと出会って一年か二年したときだったっけ。
もっと短かったかもしれない。
芽生えたての頃は実に自分の年齢を怨んだものだった。
もう少し、もう少しだけ私が幼ければ諦めることができたのに。
もう少し、もう少しだけ私が彼の年齢に近ければ、この感情に現実感を持たせてやることができたのに、と。
今は、うん。
そこそこ気に入っている。
理由は、他の誰かが聞いたらとてもとても、仕様もないことなんだけど。
◆ ◇ ◆ ◇
「プロデューサーはさ、恋人とか……いないの?」
二人して何でもない話をしながら事務所への道を歩いてるその最中に、私は唐突にそう切り出した。
彼は少しびっくりした顔をして、「どうしたの。急に」と言ってその後で、たははと笑った。
「いないよ」
そう言うだろうな、と思っていた。なぜなら、いたとしても、いないと言うのが普通だから。
余計な詮索を受けたくないなら、それが模範解答だから。
「そっか」とわざと素っ気なく返してやると、彼はむっとした顔をする。演技だと分かった。
「ホントだからな」
「……そういうことでいいよ」
「ホントなんだけどなぁ」
○
「じゃあさ、何で作らないの? 作れない訳じゃないでしょ?」
「なんか棘があるな」
「ないよ」
「そういうことでいいよ」
「私の真似した」
「仕返し」
○
「っていうか、話逸らそうとしてるでしょ」
「ばれたか」
「ばれたかって……そこは取り繕うとこじゃない?」
「正直者ですから」
「はいはい。いいから答えてよ、正直者さん」
「んー……なんだろなぁ。ありきたりだけど、今は仕事が恋人って感じなんだよ」
「ありきたりだ」
「言ったろ、ありきたりだって」
「でも、まぁ。何となくわかるよ。仕事、楽しんでやってるんだろうなって」
事実として、私の目から見ても毎日楽しそうで、彼にとって今の仕事は天職なのだろうと思う。
○
照れ臭そうに頬をかいて、「あのさ」と前置いてプロデューサーが語り始めた。
「一回も……というか誰にも言ったことないんだけどさ。凛を担当してからなんだ。仕事、楽しくなったの。もちろん、これまでが楽しくなかったわけじゃないし、それなりにやりがいみたいなものも感じてたけれど、劇的に変わったのは凛を担当してから」
驚きだった。
まさかまさか、“同じ”だったなんて。
「……そうなんだ。てっきり天性のものなのかと思ってたよ」
平静を装って、当たり障りのない返しをした。
「つまり、だ。凛があんまりにも真っ直ぐで前のめりで、一生懸命だからさ、あてられちゃった……っていうと聞こえがよくないかもしれないけれど、俺がなんとかやれてるのは凛のおかげなんだ」
ここまで、赤裸々に語ってくれたなら、私だけ隠すのは卑怯かな。
卑怯だろう、と思う。
だから、意を決して、私も胸の内を明かすべく「それさ」と前置いて語り始める。
「全部そっくりそのまま返すよ。だって、私がアイドルやってみようと思えたのはプロデューサーがあんなにも必死だったからだし、アイドルになってからも誰にも負けたくないと思えたのは、そう思えるだけの労力を期待を、私にかけてもらえたからなんだよ?」
きっと、これは、どちらが先ということもないのだろうな、と思った。
お互いがお互いに作用し合って、化学反応が起きて、アイドル渋谷凛とその担当プロデューサーが生まれたんだろう。
○
「お互い様……だったかぁ」
「うん。お互い様」
「いつもありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
変なやり取りだ。
○
「そういえば、さっき言ったよね。仕事が恋人って」
「ああ、うん。言った」
「プロデューサーの仕事は私を担当する……プロデュースすることでしょ?」
「それだけではないけれど、まぁ大枠というか、主にやってることってなるとそうだな。凛をプロデュースすることだ」
「じゃあさ、プロデューサーの恋人の八割くらいは私ってことにならないかな」
ちょっとだけおどけた調子で私がそう言うと、彼は手に持った缶コーヒーを取り落としそうになった。
「いやいやいやいやいや」と手と頭をぶんぶん振りながら、あわあわする彼は面白かった。
○
「まずいでしょ」
その言葉の意味することはすぐに理解できた。
「なんで?」
「なんで、ってそりゃあ、スキャンダルになる」
「スキャンダルも何も、これまでと何も変わらないよ。アイドルとその担当プロデューサー、これ以上でも以下でもない。そうでしょ?」
「それはそうなんだけど……」
「それで、プロデューサーは仕事が恋人」
「いや、うん……そう言ったけど」
「じゃあ六割くらい?」
「割合の問題でもなくて」
「だったら、何が問題なの?」
「それを認めちゃうと、いろいろと差し障りがある」
「もうちょっと具体的に」
「どぎまぎする」
真面目な顔でプロデューサーがそんなことを言うもんだから、堪らず私は吹き出してしまって、笑いを止められなくなった。
○
「自分で言い出したのに?」
「自分で言い出したのに」
「どぎまぎするわけなんだ」
「どぎまぎするわけなんだよ」
プロデューサーは両手を挙げて、バンザイの姿勢を取って「もうどうにでもしてくれ」と泣きそうな声で言う。
それがまたおかしくて、涙目になりながらお腹を抱えて「どうにもしないよ」と返した。
○
もう事務所は目と鼻の先という所で、ローファーをこつん、と鳴らして大きく一歩前へ。
私はプロデューサーの前へと躍り出る。
そのまま踵を軸にして、くるりと方向転換して向かい合う。
「変なお願い、してもいいかな」
「ああ、もういいよ。この際なんでも来い。俺にできることなら何なりと」
完全に戦意を喪失した彼は、わざとらしいため息を吐く。
○
「残り二割、いつか渡してね」
鳩が豆鉄砲を食ったみたいに立ちすくむプロデューサーをよそに、私は事務所への残り僅かな距離を駆けた。
おわり
元スレ
渋谷凛「八割、二割」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508248713/
渋谷凛「八割、二割」
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コメント一覧 (29)
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- 2017年10月17日 23:50
- 二郎じゃないのか...
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- 2017年10月17日 23:52
- まともなしぶりん良いね…!
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- 2017年10月18日 00:02
- これはクールシブヤですわ
クンカーや蒼?
…あぁいたねそんな属性
これからの戦いについてこれないから置いてきた
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- 2017年10月18日 00:03
- こういうのすこだ
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- 2017年10月18日 00:03
- 下着も漁ってないし不法侵入も拉致監禁もしていない三代目の貴重なシーン
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- 2017年10月18日 00:21
- こういうのがいいんだよ
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- 2017年10月18日 00:22
- これは紛う事なきメインヒロインですわ。
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- 2017年10月18日 00:23
- こんな綺麗なしぶりんが来ると反動が怖い
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- 2017年10月18日 00:24
- 暴走しぶりんも好きだけど、正統派クールなしぶりんも好きです。
ssはとても良かったです。
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- 2017年10月18日 00:27
- この二人の現状に一番しっくりくる言葉は「恋人」じゃなくて「絆」って言葉が一番ふさわしいと思う。
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- 2017年10月18日 00:32
- むっちゃええふいんきですやん…
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- 2017年10月18日 00:36
- 蒼いいよね…。
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- 2017年10月18日 00:37
- 早く堕ろせ
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- 2017年10月18日 00:38
- 梶井基次郎作
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- 2017年10月18日 01:05
- 実は凛ってcute成分も結構あるんだよな
子供みたいなところある感じ
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- 2017年10月18日 01:08
- (勝利の余韻を残すドヤ顔で負けヒロインの紅を見下す音)
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- 2017年10月18日 01:26
- ※16
残念でしたねぇ…凛ちゃん
このSSの凛ちゃんは蒼成分の無い平行世界の純粋クール凛ちゃんでの話ですよぉ
こちらの世界では蒼(笑)を捨てることができなかったあなたは紅の正妻力の前に敗れたんですよぉ
カカカ…!
現実です…! これが現実…!
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- 2017年10月18日 01:59
- SSは読んでないけど蕎麦じゃない事はわかった
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- 2017年10月18日 03:08
- あれこの理論どっかのSSで見た覚えがあるな
すごい既視感だけど思い出せなくてもどかしい
まあそれは別としてとてもいい空気感のSSでした
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- 2017年10月18日 04:31
- よかった
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- 2017年10月18日 04:39
- ※17
ヤンデレというアイドルの命でもあるアイデンティティを失った紅さんはもう卯月よりも特徴のないモブキャラみたいな存在でしかないよ。紅さんと違って蒼い娘はシンデレラだし実績もあるから紅さんなんて歯牙にもかけてないし相手にもならないよ。だから粋がるのはやめていい加減認めなよ。
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- 2017年10月18日 08:11
- 必ずコメント欄に現れるアイドル達ほんとすき
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- 2017年10月18日 08:22
- いやいやいやこういうクールしぶりんあっての蒼でしょうに。 両方好きやで。
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- 2017年10月18日 09:42
- 蕎麦の話じゃなかったのか…
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- 2017年10月18日 10:50
- 蕎麦の話じゃなかったので失望しました
私、前川のファンやめる!!
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- 2017年10月18日 11:50
- 怒濤のアイドルの登場はすこ
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- 2017年10月18日 17:12
- 残りの二割はわたイチゴパスタを食べさせてくれる橘って娘のものですよ
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- 2017年10月19日 08:14
- 尊い……
この後凛ちゃんは自宅のベッドで顔真っ赤にして1人でバタバタするのだ
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- 2017年10月19日 17:45
- アイドルのコメ欄登場はキャットファイトみたいなもんだぞ喜べ。